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                 編集者のひと言ダイアリー・コナー
  ヨシダは「日誌」なるものは書く習慣を持っていませんでしたが、パソコンで気軽に書けることから、刻々とウェブサイト・トップ面に書き込むことを2015 年正月元旦から思い付きました。くだんの 「コラム:インタネット情報&ヨシダブログ」記載欄直前に設けたのがその日、時々の数行のコメント。ひと目でその執筆時間帯が分かるように色分けまでする 念の 入 れよう。何時もは記事検索で追 われることからそんな余裕は無かったのですが、新聞休刊日を契機にこんなことを思いついたものです。「ヨシダの数行ダイアリー」って按配のコーナーです。 幸いに、トップページは毎日コピーを記録していることから、2015年1月元旦からの実施とする次第です。もっとも、初期の段階では「ひと言」的に考えて いましたが、日々のコラム編集記事のリンクを貼ることから長文になっています・・・。日々、何をした、何を考えた・・・と自身が記憶に留めるためにです。
                        2015年1月1日

                       編集者:吉田祐起
                

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2015.11.30.(月)
  本日「11月30日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいのは、「(17)1942年 - 第二次世界大戦・ソロモン諸島の戦い: ルンガ沖夜戦。(1942World War II: Battle of Tassafaronga; A smaller squadron of Japanese destroyers led by Raizō Tanaka defeats a U.S. cruiser force under Carleton H. Wright.)」、「(22)1954年 - ホッジス隕石がアメリカ合衆国アラバマ州に 落下」・・・といったところです★前者は日本語vs英語版の微妙な差異のサンプルです。英語版では「タナカ・ライゾー率いる小規模の戦艦隊がチャールト ン・ライト率いる米戦艦隊を撃沈」に対し、日本語版では「ルンガ沖屋夜戦」のみで、海戦の結果に言及していません★後者は隕石が人間の身体に当たったとい う稀有なケースとしてです。
 今朝一番にヒットした記事を編集して想うこと。本日の取材はこの1編でヨシ!って気分です。何せ、ヨシダ持ち前の皮肉屋ブログを余すことなく披瀝したからです。気分サッパリと言ったら、関係者に失礼でしょうか?「No.5892:生涯現役の時代でも20代の4割は「定年後働きたくない」DIAMOND Online2015.11.30.編集部 林 恭子)」 がそれです。同ブログに入れていないヨシダ論をもう一つ此処で!「人生80年時代 余生から「与生」へ、さらに「世生」へ!」がヨシダの人生観。その解釈 は無用と心得ます。・・・おっと、今、ヒントを得ました。このトップー末尾のメッセージ(末尾の情報コーナー)の「毎月の28日はヨシダの・・・」は本日 月末までを期限としたもの。明日からのそれを「「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」にシフトすることを思い付きました。ヒントは「仕掛け」にあり・・・とは今のヨシダの心境です。(9:40
 「No.5893
昨年の夏、天皇、皇后両陛下の対馬丸記念館訪問を取材した。慰霊碑に頭を…沖縄タイムス「大弦小弦」2015.11.30.阿部岳)」を編集しながらブロガー・ヨシダの余計な(?)毒舌ブログを禁じませんでした。ご無礼のほど・・・。末尾の「追伸ならぬ、追ブログ」は必読の価値ありと自負しますよ!(11:25)
 ・・・先ほどの記事「No.5893昨年の夏、天皇、皇后両陛下の対馬丸記念館訪問を取材した。慰霊碑に頭を…沖縄タイムス「大弦小弦」2015.11.30.阿部岳)」を本サイトに掲載して直後のこと。突拍子もないことを編集者ブロガーの立場でブログする気に至りました。かねてヨシダの胸の内に収めていたことではあるのですが、この際、ディスクローズ(開示)することにしました。ま、あまり多くの人の目には触れない本サイトを意識するから出来得ることですが、もし、然るべき立場の人物が発言(執筆)したら、「大物議」を招来すること間違い無しと確信します。何方か目に付いて、ある種の「ご同感」を得られるならば、然るべき処なり、人物なりにこのブログの「お目通し」の差し渡しをお願いたい心境です。以下、歯に衣着せぬ感じでブログしまくります・・・To be continued........(この続きは、あるところ(リンク)をクリックするとご覧いただけるシロモノですよ!笑)
 沖縄問題が此処まで拗れてきている理由は様々です。基地建設の見返りの現地巨額投資・助成金等々がその事の始まりでした。現地の声はそれはそれとして甘受してきたが、これ以上では耐えられない・・・という図式と思考します。
 ブロガー・ヨシダが独特のブログを進める前に強調したいことがあります。一連の当該コラムを下記に列記しますので、先ずはそれからのスタートとさせていただきます:
1.「No.5520:長老が発する言葉琉球新報「金口木舌」2015.6.11.)」

2.「No.5655:沖縄県の翁長雄志知事は自民党出身で県連幹事長などの経歴を持つ。…山陽新聞「滴一滴」2015.8.7.)」
3.「No.5816:沖縄への禁じ手朝日新聞「天声人語」2015.10.28.)」
  上掲の沖縄問題関連記事で強調かつ再認識する必要があるのは、沖縄開発庁初代長官・自民党の山中貞則さんの言葉です。曰く、「沖縄にどんなことをしてもイ イ」がそれ。官房長官などを務めた野中広務氏は何度も沖縄を訪れ、「申し訳ない」と頭を下げた。「はらの中から話をしてくれていう」と翁長氏には感じられ た・・・。橋本龍太郎首相は党総裁室の前で順番待ちをしていた翁長氏らを行列の最後に回し、1時間にわたって話を聴いてくれた。「沖縄を5分(通常の面接 時間)で済ませるわけにはいかない」という橋本首相の心遣い。時間制限をしない最後の面接で存分に話しを聴こうという姿勢でした。
 さて、ブロ ガーのヨシダが此処でこの場で強調したいことは、前述のブログ通りに、終戦後の天皇陛下(昭和天皇)が「沖縄基地問題」を称して「・・・それでよ い・・・」と言われた歴史的事実に接したことをもっ て、ヨシダはそれゆえにこそあったのが山中貞則さん、野中務さんに橋本龍太郎さん3人のご人物だったのではないだろうか・・・という憶測です。天皇の御心 を受けたそれは臣下としての果たすべきこととしてのあのような「沖縄基地観」ではなかったのだろうか、がヨシダの推理です。
 現代の現役政治家は 二代目・三代目だけに、そういった「裏話」には疎く、肌で感じないことが否定できません。
 さて、肝心の昭和天皇の「沖縄でよい・・・」なるご発言ですが、前述したように、ある人物が週刊誌インタビュー(天皇に関する自身の著書出版記念インタビュー)で語った言葉があるのです。「昭和天皇は・・・それでよい・・・と語った」 なる字句です。雑誌の片隅に見つけた言葉でしたが、以来、二度とそのお言葉がマスメディアに登場したことは現在にしてもありません。マスメディア界で「封印」された感じでさえ受けとめるヨシダです。
 日本列島を地図で眺めても言えることに、ド素人のヨシダですら、沖縄が日本列島の防衛基地としてはベストな「ロケーション」にあることは容易に想像できることです。それは他ならぬ「地政学的な見地」からのものであるからです。地政学の地の字も分からな い、学んでいない者でも容易に想像できる「最善の防衛基地」足り得ると想像できるからです。
 ちなみに、この「地政学」とやらですが、戦後のマッ カーサー総司令官が発したのが「日本人の『地政学』禁止条例」でした。案外と話題にならないことですが、どうやら、戦後70周年にして「時効」となった感 じです。大っぴらに国内・日本人間で口にされてきています。「地政学(Geopolitics)」とは、「地理的な位置関係が政治国際関係に与える影響を研究する学問である(ウィキペディア)」です。
 古今、洋の東西を問わぬ人類歴史にみる「争いや戦争」等々は全てこれを発祥としているのが事実です。とりわけ、中東のそれは顕著と言えるでしょう。
  さて、じゃあ、それらの事実を踏まえてどう処していけばよいのか?が大問題です。政治家のセの字の知識や経験も持ち合わせぬヨシダのブログをズバリしま す!政府予算の思い切った今までにない「大判ふるい」を提示するしかないと思いますがどうでしょう?今まではある条件提示で了解されていたものが、何 故!?式のものでなく、当該県沖縄が要求しないほどの予算を提示することしかないとさえ極言することを憚りません。具体的には沖縄と 同県人をして、そんな多額の助成金は欲しくない・・・と、言わしめるほどの大予算計上です。本土人からみれば「涎もの」とでも言える高額地域振興助成金予 算で、「迷惑料」とでも言えるでしょう。
 もう一歩進んで言えば、「沖縄が基地問題で嫌なら、本土のしかるべき土地建物を提供します」といった類 の政策提示。万一、それが住民過疎化を招来するとすれば、本土(内地)の人たちへの「沖縄移住政策参画」の呼びかけ・・・と、考えれば両サイドの人たちに 満更でもない案が出てくるのではないでしょうか?チビチビ、勿体ぶった予算執行でなく、第三者がみても、そこまで国が強力に推進せねばならないのだった ら、俺も私も相談に乗りまっせ・・・がヨシダの究極の提言です。
 言い出しぺ、無責任発言と断じて言うなかれ!後ろに控えてエールをおくるのが、 今は亡き山中貞夫初代沖縄開発庁長官であり、橋本元総理であり、野中さん足り得るからです。何時ものことながら、「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほ ど」に加えて「暴論発言はご勘弁を!」とします。でも、こんな考え方もあるんだ!をお忘れなく!かくいうブロガーのヨシダはお陰で欲求不満は皆無!って按 配です(笑)(13:50)

 本日はこれにてオワリ!と思っていたら、日経メルマガの飛び込み。「No.5894:「まず行動すべきは日銀」 賃上げ促進へ黒田総裁日本経済新聞2015.11.30.編集委員 清水功哉)」がそれですが、ヨシダの得た副産物は1年半も前のウォール・ストリート・ジャーナル紙記事。前日銀総裁の白川さんの弁にヒットしてビックリするやら、やっぱし・・・とレスポンスするヨシダです。まずはご覧ください。(21:50)

2015.11.29.(日)
  本日「11月29日のできごと」でヨシダが特に関心を抱くのは、「(7)1875年 - 京都市同志社英学校同志社大学の前身)が開学。」と「(18)1947年 - 国連総会パレスチナ分割決議案(国連決議181号)可決」です。特に後者の「(18)1947年 - 国連総会パレスチナ分割決議案(国 連決議181号)可決」で痛感することは現在の同地区における紛争が絶え間ない事実。西欧先進諸国が石油資源等の目当てで植民地化したものを更に話し合い で新しい国境を作って分割するなど、実に勝手のイイことをしてきているのが現実。紛争の絶え間のない火薬庫的な地区たる所以だとは、世界史に疎いヨシダの ど素人考えです。
 「No.5891:日系人全国大会 「心は天皇、皇后両陛下に近く」と、来年1月、マニラ市で9年ぶりに開催へ日刊マニラ新聞2015.11.29.酒井善彦)」を編集しながら胸が熱くなりました。同ブログにリンクしている20世紀初頭、フィリピンは日本人の出稼ぎ先だった。5千人が比に渡り、建設・農園労働者としてバギオ市やダバオ市で根を張っていった・・・をクリックしてご覧下いませんか?(12:30)

2015.11.28.(土)
  本日「11月28日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいのは、「(2)1660年 - 王立協会創設。(1660 – At Gresham College, twelve men, including Christopher Wren, Robert Boyle, John Wilkins, and Sir Robert Moray decide to found what is later known as the Royal Society.)」 です。355年も前に設立された「王立協会」と言ってもピンときません。日本語版の表現(文章)と本家英語版のそれの大きな差があることを時おり指摘する ヨシダだけに、その点を強調するためにこのできごとを選びました。「王立協会創設」と言ってもピンときません。英語版をカッコ内に挿入していますが、訳せ ばな~るほど・・・と理解できるし、その王立協会そのものが何であるかがよく理解できます。訳せばこうです:「クリストファー・ウレン、ロバート・ボイ ル、ジョン・ウィルキンストロバートモレイ卿」を含む12人の人物によって設立決定されたグレシャム大学で後年、ロイヤル(王立)協会と称せられ た」・・・と、ドエライ差異です。添付した多くの写真は英語版に従って拾い出したものです。日本語版訳者の意図は誰がどんなプロセスを得てには無関係にズ バリといった感じです。
 ただいま、午後3時過ぎ。ウェブ編集用とOutlook Express作業ができないインタネット断絶が今朝から続き、ようやく正常に復帰しました。契約先のHosting.phと米国本部のcPanel社の 問題と考え、毎度のこと・・・と半ば諦めの心境に到達(?)しています★マスメディア情報はその間、たゆまずチェックし、ワード文書で予備編集したのが2 通ありますので、今から本格編集に入ります。(15:20)
 ところで、毎度の大人 気ないようなことで恐縮ですが、本日28日をもって「満84歳1ヶ月」になりました。1年間に12回の誕生日を意識するヨシダですが、詳細は本ページをス クロール・ダウンしてくださるとご覧頂けます。他愛も無いことですが、そんなことを思って日々を生活するのはドエライ差異を招来する確信します。 (15:25)
 「No.5889:米国で第2次大戦中、日系人が強制収用されたことの不当性を訴え続けた・・・紀伊民報「水鉄砲」2015.11.28.翠(27日付))」、「No.5890原節子さん追悼 気高きが罪読売新聞2015.11.28.作家 昭和倶楽部主幹 藤田 武司)」の 2編を一気に編集しました。2時間ほどの作業でしたが、ひと息も入れずのぶっ続けデスクワーク!でも、少しも疲労感がありません。有難いことだ、と自身に 言い聞かせています★先ほどこの作業をする前に教会牧師の来訪を受け、ある書類に署名しました。「永住権取得手続き」のためのものです。アーネルが推進し てくれているものです。それがどんなものかは、内緒のナイショ(笑)。何時か公表します。(17:30)

2015.11.27.(金)
  本日「11月27日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいのは、「(10)1952年 - 池田勇人通産相が衆議院で「中小企業の倒産・自殺もやむを得ない」と発言。翌日、不信任案が提出・可決され、29日に池田が通産相を辞任」、「(12)1958年 - 宮内庁皇太子明仁親王正田美智子婚約を発表。ミッチー・ブームが 始まる」でしょうか★前者の主人公池田勇人さんはヨシダ郷里は広島県のお隣の竹原市出身。広島市内の広島城公園に銅像があります。本日の同氏の話題は「中 小企業の倒産・自殺もやむを得ない」が「貧乏人は麦を食え」にもありました。後年は、「所得倍増論」でもてはやされました。上げたり下げたりが選挙民のホ ンネ。前者の二つの発言は経済理論からは当然のこと。それをマスコミが叩くというは世の常。大衆迎合主義は何時の世も。★後者のミッチー・ブームは見事な ものでした。ご成婚はこの翌年は1959年(昭和34年)4月10日でした。「来年の4月10日のできごと」の編集が楽しみです★ふと、気づくこと。 「きょうのできごと」の末尾に「きょうお生まれになった方」のお名前と写真を集者の独断と専権を行使して添付することを思いつきました。美智子皇后さまの検索中に発想を得ました。本日が誕生日の方は「松下幸之助さん」です。こんなアイディアってヨシダの特技(?)デス。
 昨深夜になって気づいた記事。日付変更で今朝一番の記事として編集しました。旧き良き時代のヨシダの人生歴史の1ページ足り得ます。「No.5887「東京物語」の旅館女将、秘話語る…原さん「廊下を歩くとき、必ず浴衣の袖で顔を隠す」産経ニュース2015.11.27.(26日付))」がそれですが、84歳ともなれば、人生イロイロ・・・を痛感します。合掌(10:05)

2015.11.26.(木)
  本日「11月26日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいのは、「(11)1941年 - 第二次世界大戦: アメリカのハル国務長官がハル・ノートを提示」、「(29)2010年 - カティンの森事件に関して、ロシア下院スターリンら指導者が指令を下して起こしたとする声明を決議」の2件です★前者は映画にもなったハル・ノートの秘話ですが、日本の真珠湾攻撃を奇襲とするか、予告宣言とするかの微妙な歴史事実を秘めるのが「ハル・ノート」を巡る当時の日本代表(来栖・野村)のとった行動やその後の歴史記録等々です。そのボリュームは同じ英語版「Hull Note」 の10数倍に及びます。その分、日本側のこの問題に対する複雑さが垣間見られます。その日本側の受けとめ方の実態を次の言葉で垣間見ます。「・・・12月 6日、ルーズベルト大統領から昭和天皇に親電が発せられた。 親電の趣旨は、もし日本軍が仏印から撤兵してもアメリカは同地に侵入する意図はない、周辺政府にも同様の保障を求める用意がある、南太平洋地域における平 和のため仏印から撤兵してほしいというものであった。ハル国務長官の原案では「日中の90日停戦、太平洋関係諸国の軍隊の移動禁止、在仏印日本軍の縮小、 日中両国の和平交渉の開始」など既に放棄された暫定協定案の再現のような内容であったが、ルーズベルトはこれを採用しなかった。親電を送ることについての ルーズベルトの真意は明らかではないが、ハルは「それを送ることは記録を作る目的以外にはその効果は疑わしい」と否定的だった。親電は中央電信局で10時間以上留め置かれ、最終的に昭和天皇のもとに届いたのは12月8日の午前3時(ハワイ時間では午前7時半で真珠湾攻撃予定 時刻の30分前)で あった。昭和天皇は戦後、「この親電は非常に事務的なもので、首相か外相に宛てた様な内容であつたから、黙殺出来たのは、不幸中の 幸であつたと思ふ」と回想している。親電について東郷は「此危局を救い得るものとは認め難い」とし、東条も「そういうものは何にも役立たぬではないか」と 言ったとされるなお、2013年3月に公開された外交文書によれば、連合国軍総司令部(GHQ)は戦後、外務省に対して、伝達が遅れずに「電報が天皇陛下に渡されたならば戦争は避けることができたに違いない」との見解を示していたことが明らかになっている(ウィキペディア)★後者の「 カティンの森事件」に関しては掲載を躊躇しまいたが、これが人間の、戦争の現実だという認識を表現するために選択しました。「きょうのできごと」編集で何時もぶち当たる「人間の、戦争の性」そのものです。
 「No.5885移民が支える経済発展と無差別テロ  (鈴木幸一氏の経営者ブログ)日本経済新聞2015.11.26.(24日付)鈴木幸一・IIJ会長)」の筆者と併せて「5人の読者ブログ」も鋭い切り口ですよ。まずはクリックしてご覧ください。(10:15)
 「No.5886:幸福とは、何だろう。『広辞苑』は<心が満ち足りていること>と定義し、寺山修司…東京新聞「筆洗」2015.11.26.)」を編集しながら感じることは、「ああ!ヨカッタ!このコラム編集を思い立って・・・!」です。動機は当事者の心の備えをみて訪れるもの・・・とは、文学には程遠い人生だったヨシダの現在の心境です。柄にもなく、と苦笑いです(笑)。(11:20)


2015.11.25.(水)
  本日「11月25日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいのは、「(6)1867年 - アルフレッド・ノーベルダイナマイトの特許を取得」、「(21)1970年 - 三島由紀夫市ヶ谷自衛隊東部方面総監部で割腹自決。(三島事件)」 です★前者は、後年のノーベル賞のことに一気に進めて当該写真を選びました。26人の日本人受賞者は自慢するに足ります★後者の三島由紀夫さんの市ヶ谷自 決事件。じつはこの事件で相当に時間をかけて編集した記憶があり、重複する感じがしてならず、あれこれしていて、気付いたことに「No.5874:決起した元会員、貫く沈黙 肩の刀傷…今も悔いなく 取り残された会員「無念」産経ニュース2015.11.22.編集委員 宮本雅史)」がありました。チャッカリとそのコラムで編集した写真を本欄で再利用します。ヨシダ一度だけこの現場ビルを訪れたことがあり、その記事にブログしていますので、此処では省略します。
 「No.5882:風神雷神京都新聞「凡語」2015.11.25.)」 を編集しながら想いをめぐらしたこと。それはほかならぬ、在日中に吹田市にクライアントがあったことから、車窓から数えきれないほど目にしたのが「太陽の 塔」。大阪万博へ行ったことのなかったヨシダ。その跡地が様変わりしている風景をこの記事で感じます。「新陳代謝の激しい母国」といった感想を抱きつつ、 です。(10:20)
 「No.5883子どもの命名は楽しくて難しい。悩んだ末に、野球好きの親御さんなら「塁」、…新潟日報「日報抄」2015.11.25.)」を編集しながらニヤリ。記事よりはるかに長いブログ!なにせ、84歳にかつ、60余年間に亘る経営者人生を経たヨシダだけに、話題は豊富です。と、自我自賛のブログをご寛容のほど。こんな調子のブログが日常だけに、ヨシダは元気ハツラツです。(11:45)
 先ほど真昼の炎天下、と言っても、日本の炎天下とは異なり、風がさわやかです。日光浴を楽しむ感じです。くだんの「両膝屈伸運動4百回」を終えてその延 長線上に習慣付けている車いすに右膝を立てて、重心を右脚にかける仕草。それは近年習慣づけたもので、動機は右足がほぼ完全麻痺であるために、右脚に重心 をかけることがないし、できないことから、坐骨部分から脳にかけての「刺激」を与えることを思い付いてのこと。何となく、頭の髄に刺激を感じます。その 分、僅かでも心身の運動になる感じ。なにせ、「研究熱心」は若い時代からのヨシダの特技(?)。素人考えであって、的を外れていようがいまいが、自身の納 得さえ得られればイイさ、と★シャツを捲り上げて上半身を裸にして口ずさむのがかの、8分間の英語朗誦。ハイ、完ぺきに朗誦しこなします。ヨシダの「特 技」は墓場まで、と(笑)★最近、耳が遠くなりました。右目は緑内障で失明。離日前の眼科医からは「いずれ失明は避けられない」と引導を渡されて覚悟はし ていました。でも、日常生活ではまったく不便を感じません。すべては神様の思し召しに従って・・・と達観した生活です★今朝ほど、時たまアーネルを頼って 訪れるフィリピン女性(86歳)がぶらっと立ち寄りました。米国生活が長く、英語は立派。帰国した理由は、祖国が恋しくなって・・・と。ふと、ヨシダの場 合。ホームシックは無縁で現在に至るのですが、その背景には、成すべきことは全てやってきた、という自負です。「自利より他利」人生そのものでした。どう やら、その生き方の集大成の場が此処フィリピンとフィリピン人家族との共同生活だ、と割り切っています。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつ つ」の心境そのものです★さて、本日の取材源はすべてチェックした結果、2編でオワリとします。後は「きょうのできごと」の先取り編集。時間の有効利用はこの年齢にしても、結構やってます。(13:55)
 「No.5884EU離脱支持が過半数に、パリ攻撃影響か=英世論調査REUTERSロイター2015.11.25.)」 を編集しながらヨシダの胸を去来すること。それはEUが誕生した当時にヨシダが公の場で発言して恥をかいて現在に至ること・・・。「そんな国際組織なん て、何時かは崩壊する・・・一党独裁の然り!」と。「トホホ・・・」が現在に至るヨシダの暴言反省(?)です。(18:50)

2015.11.24.(火)
  本日「11月24日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいの「(1)1859年 - チャールズ・ダーウィンがイギリスで『種の起源』を出版。」「(7)1944年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: B-29が東京を初爆撃。(1944 – World War II: Bombing of Tokyo: The first bombing raid against the Japanese capital from the east and by land is carried out by 88 American aircraft.)」、「(8)1945年 - GHQが、原爆研究との誤解から理化学研究所仁科研究室などのサイクロトロンを破壊し東京湾に沈める」、「(22)2012年 - サンフレッチェ広島J1初優勝を飾ると同時に、FIFAクラブワールドカップ初 出場を決定する」・・・と沢山です★(1)に関してヨシダがブログしたいことは、ダーウィンの「名言」のひとつとされる、「It is not the strongest of the species that survive, nor the most intelligent, but the most responsive to changes.(この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物 だ)」。トラック業界の規制緩和(個人トラック制度認可)の提言者として書いて喋ったヨシダの口癖でした★(7)の東京大空襲に対するヒバクシャとしての ヨシダ姿勢。ヒバクシャが自他ともに強く抱く被害者意識がありますが、東京大空襲はそれに順ずる残酷な戦争被害と位置づけます。生き地獄の様は一瞬の原爆 とは一線を画すほどの残酷地獄そのものであったからです。英語版を添えている理由は、英語版では「88機が」と具体的。対する日本語版は「B29が初爆 撃」と表現している差異★(8)はヨシダが強調する日本の原爆研究歴史の事実。原爆投下国を非難する一方で、日本も原爆製造に向かっていた事実をもって、 一方的な被害者意識に疑問を呈していることに対する独自の論法者たる所以です。ウランをドイツのUボートで日本に密輸中に米側に傍受されて撃沈されたこと は案外と知られて(されて)いないのも事実です★(22)はヨシダの次男が元サンフレッチェ選手であったことからのものに過ぎませんが、郷土人としての自 慢足り得る「できごと」とする所以です。
 今朝一番のヒット記事はメルマガですが、筆者の川久瀬洋二先生の凄さを一刻でもお早くにご紹介したく、下手なブログは後回しにして掲載を先行させました。「No.5880:フランス同時多発テロがグローバルコミュニティに投げかけた課題心をつなぐ英会話メルマガ2015.11.24.山久瀬洋二)」がそれです。英語をマスター、とまでは言えないでも、なんとか不自由なく使いこなせることを限りなく喜んでいるヨシダです!(10:15)
 「No.5881エレベーターで衛星打ち上げも!ここまで来た世界の宇宙ビジネスDIAMOND Online2015.11.24.齊田興哉・日本総研 総合研究部門マネジャー)」を編集しながら痛感したこと。「人知って果てしないな・・・」です。産業ロボットひとつ例にとっても、その進展ぶりは驚愕のひと言に尽きます。労働力がロボットで肩代わりされつつあるなかで・・・と、後が続きません(笑)。(13:15)

2015.11.23.(月)
  本日「11月23日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(9)1936年 - 雑誌『ライフ』の創刊号が発売される」、「(17)1963年 - 通信衛星による日米間のテレビ中継に成功。最初の衛星ニュースは同日(米時間22日)のケネディ大統領暗殺事件」、「(31)2009年 - フィリピンミンダナオ島マギンダナオ州に て虐殺事件が発生」です★前者は二十歳代に「ライフ誌」を購読したものです。と言っても熟読でなく、写真と文章の見比べ・・・といった程度。当時の日本人 社会は英語熱盛ん。羨ましがられたのを得意満面(?)の若者時代。じじつ、その英語力でアメリカの同業者得流して新技術を習得して日本全国に広めた貢献者 です★ケネディー暗殺報道が日米間テレビ中継の成功の第一報だったのは知りませんでした。昨日の本欄で沢山の当該写真を添付して想起したできごとでした★ 三番目のできごとはヨシダがフィリピンに移住して間もない時のことで鮮明です。
 「No.5879:鑿と槌で岩を砕こう長崎新聞「水と空」2015.11.23.信)」を編集しながらふと想うことに、同じヒバクシャでも生き方は全く別。でも、それは表現方法は異なれども、最終的にその異なる生き方を通じてヒバクシャならではの、なにか独特のものを表現することはできるものと感じます。ヨシダのそれは、現在の、この生き様を貫くことにあり、と再認識する次第です。(10:55)
 今日は「勤労感謝の日」。海外に7年も居ると母国の伝統祝日の感覚が失せそうです。昭和の一ケタ族にとっては「新嘗祭」でして、「収穫物に感謝する大事な行事として飛鳥時代皇極天皇の時代に始まった新嘗祭の日が第二次世界大戦後のGHQの占領政策によって天皇行事・国事行為から切り離される形で改められたものが「勤労感謝の日」である。新嘗祭は1872年明治4年)までは旧暦11月の2回目のの日に行われていた。1873年太陽暦グレゴリオ暦)が導入されたが、そのままでは新嘗祭が翌年1月になって都合が悪いということで、新暦11月の2回目の卯の日に行うこととした。それが1873年では11月23日だった。しかし、翌1874年か らは11月23日に固定して行われるようになった。11月23日という日付自体に深い意味はなく、たまたま日本が太陽暦を導入した年(1873年)の11 月の2回目の卯の日が11月23日だっただけのことである(ウィキペディア)」と再勉強しました★食事の際のヨシダ流感謝のマナーをひとつ(笑)。一日二 食の最初は「ブレンチ(ブレクファスト・ランチの合成語)」では居間に出てのこと。世話をしてくれるアーネルの姉を横目に、「(手を合わせて)日本語 で<イタダキマ~ス!>」。済んだ時は、セニーを前に手を合わせて「サンキュー!セニー・・・」と心を込めて口にします★午後3時目安の「ディナー」はヨ シダの部屋にセニー用意してくれますが、手を付けるのは彼女が部屋を出てしばらくのこと。ひとり言で手を合わせて「いただきま~す」、済んだ時は同じく手 を合わせて「ご馳走様でした・・」と。セニーが食器を引き上げて入ってきたら、「サンキュー、セニー!」と★「感謝の心」と言えば、自分でも不思議なほど 頻繁にしている近年のヨシダです。一瞬一瞬を感謝の念を強くします。4百回の両足膝屈伸運動時にも、数を数えならが同時に感謝の念をいだきます。一日に何 千回にもなる感じです。こんな体験は初めてだし、それができることは感謝です★もう一つ蛇足の弁。虫歯の気配は無かったのですが、かなり前から右奥歯に痛 みを感じ案じていました。「これも歳のセイだろう・・・」と割り切ったのですが、どうでしょう!くだんの右肩の極度な石みたいに硬くなっていた局部目がけ て必死にゴルフボールをあてがって体重を掛けるヨシダ流儀の努力が奏功してか、正常になったのです!異常な肩こりが肩に至近距離の歯茎に悪影響を与えてい たものと素人考えではありますが、体感してきました。足かけ8年間の長期に及ぶヨシダ流の肩こり解消努力ですが、不思議なほどの体験をしてきています。で も、ちょっと、真似はできないでしょうね。独特の生活環境と本人のそれこそ石みたいな強烈な意志と実行力あればこその成果と自負し、心底感謝しているとこ ろです★・・・と、こんな長文の「ひと言ダイアリー」ですが、あっという間にブログできるのが嬉しい限りです。有言実行を貫くヨシダの生き様の一端です。 感謝の念も心にとどめるだけでなく、文章化することに一層の「効果」を自覚する始末です(笑)。(11:50)
 本日の取材は、ナガサキ・ヒバクシャの故・今田斐男さんの関連記事。「青の洞門」を貫いた禅海僧に見立てた小さな運動の主。ヨシダのやっていることは自己満足的なウェブの書き込み。でもまあ、継続は力なり。ボケ防止あるのみです。No.5879:鑿と槌で岩を砕こう長崎新聞「水と空」2015.11.23.信)」を編集しながら今田さんの霊に合掌しました。(20:45)

2015.11.22.(日)
  本日「11月22日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいのは(5)1641年 - 長期議会: 国王チャールズ1世の悪政を挙げ議会改革を要求する議会の大諫奏(大抗議文)がイングランド議会で可決」、「(21)1963年 - テキサス州ダラスケネディ大統領暗殺事件が起こる」です。前者は国王と言えども悪政を許さない民主主義の精神を垣間見ます。後年チャールズ国王は処刑されるのですが、1641年と言えば日本では、 徳川家光の時代。お上主義の日本と民主主義に根ざした西欧なかんずくイギリスの国情との格差を痛感させます★後者はケネディー大統領の暗殺直後は数分後と も思える時間にクルマを運転しながら聴いていたAFRS(Armed Forces Radio Service:駐留軍英語放送)で誰よりも早くに耳にしたことが強烈な想い出です。何か音楽を伴う番組だったように記憶するのですが、ある瞬間に突然雰 囲気がガラッとかわったように低音の重苦しい感じの音楽にシフトしました。!?と感じた次の瞬間に悲壮感を伴うような語調でアナウンサーの声が流れたのを 記憶します。"President Kennedy has been assassinated ....."で始まりました。ア サシネイという動詞を当時知らなかったのですが、不吉な予感で殺害されたと感じ取りました。じじつ、その直後のアナウンサーの言葉にkilled(殺害) という言葉が何度も出てきたものでした。と、いったことからですが、恐らく日本人でケネディー大統領の暗殺事件を一番早くに知った日本人、と内心秘めてい ます★1993年に一ヶ月間米国取材旅行をした際に、アメリカ人友人とのダラスでの再会を機にこの歴史的な事件の現場を参観しました。特に印象強くしたの は、かのオズワルドが狙撃したという当時の教科書倉庫を訪れたこと。ケネディー記念館になっているのですが、館内に入った途端に耳に入ってきたのは、かの AFRSのアナウンサーの重苦しいトーンのアナウンスの繰り返しでした。瞬間、当時のクルマの中で聴いた声だと直感しました。ちなみに、多くの写真を選択 する中で、そのアナウンサーの人物と思しき画面にヒットしました。重苦しい表情がみてとれます★この記念館(旧・教科書倉庫)の参観を終えて玄関に差し掛 かった時のエピソード。当時は両足に補そう具を着けて、ステッキ無しの1ヶ月間米国滞在でしたが、玄関のマットに足をとられて重心を失い、前のめりに倒れ ました。でも、幸いにして、両腕をさっと伸ばして支えて事なきを得ました。四つん這いフォームってところでしたが、そのフォームそのものも平素の自己流体 操で保ち得たことでして、その備えがなかったら、顔面をフロアに叩きつけられただろう、と現在にして想起します★・・・と、長文の「ひと言ダイアリー」 コーナーですが、ケネディーさんへの追憶の気持ちで続けてブログします。ケネディーさんの「名言」があります。大統領就任スピーチの中で言われた「国家が 国民に何をしてくれるかを問うのでなく、国民が国家に対して何ができるかを自問するべきだ・・・」といった趣旨のことば。当時のヨシダはトラック協会の要 職にありました。広島県トラック協会や全日本トラック協会の役員立場にあり、加えて、業界の規制緩和(個人トラック制の認可<最低車両台数規制の撤 廃>)関連の論文や講演を頻繁にしていたことら、よく同大統領のあの言葉を引用したものです。曰く、「トラック協会が会員に何をしてくれるのかを問 うのでなく、会員として協会に何ができるかを問うべきだ!」と。これって、全ての組織運営に大事な思想足り得ますね★それにしても多くの写真を何時もより 大きめに選択して添付しました。同大統領への敬愛の念を込めつつのひと時でした。貴重な歴史回想機会でした。★追伸ですが、この大きな事件は英語版では明 日です。日米の時差のためですが、二日間に亘る同大統領への回想機会とします。(21日23:00)
 今朝一番の記事は「No.5874:決起した元会員、貫く沈黙 肩の刀傷…今も悔いなく 取り残された会員「無念」産経ニュース2015.11.22.編集委員 宮本雅史)」 です。長文のヨシダブログになりましたが、三島さん没後45年にしてその自決が何を意味するのか?と、深い想いにかられる記事です。現代では「憲法改正是 非論議」にオーバーラップされるのが三島さんの気持ちだろうな・・・とは、ヨシダのブログです・・・が。(10:55)
 オッチョコチョイ!と批判されるのを承知の上の編集者ヨシダのイタズラ心!どっちみち、多くの人は見ていないこのウェブサイト。ひとり言をブログしてイイさ、とばかりのブログです。興味のある方はクリックして、そうでない方は素通りで・・・。その記事は、「No.5875:ロバート・デ・ニーロという米国の性格俳優を初見したのは、『タクシー・ドライバー』…千葉日報「忙人寸語」2015.11.22.)」です。編集者の特権を乱用して(?)ブログしました。(12:15)
 「No.5877パリ同時多発テロが起きるほどにIS膨張を許した戦犯は誰か?DIAMOND Online015.1.21.北野幸伯 [国際関係アナリスト] (20日付))」を編集しながら人間の性の恐ろしさを感じます・・・。(14:10)
 「No.5878ミャンマーに今、必要な“新しい開発独裁”の形 日本経済新聞2015.11.22.編集委員 後藤康浩)」で辛口ヨシダブログをしました。本記事筆者の後藤康浩さんご免なさい。なにせ、高齢者の意地悪ブログに過ぎませんので・・・。(17:30)

2015.11.21.(土)
  本日「11月21日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいの「(5)1894年 - 日清戦争: 旅順虐殺事件」、「(19)1969年 - 米大統領リチャード・ニクソンと日本の佐藤栄作首相が、安保堅持・1972年沖縄返還な どの日米共同声明を発表」です。★前者は朝鮮半島の覇権をめぐって始まった日清戦争で起きた出来事。「覇権」は植民地化繋がります。ごく近代までの人類歴 史は植民地化による勢力拡大の繰り返し。日本だけが門外漢ではあり得ません。「きょうのできごと」編集で痛切に感じるのは洋の古今東西を問わず虐殺の繰り 返し。戦争で勝てば勝ったで、捕虜に食を与える余裕が無いからか、憎いからかは別として、足手まといは殺すしか道がない感じです。グーグルする中で目に余 るような残忍な光景があまりにも多いのに愕然とします。さすがにわが日本軍のその残念さの写真は死者に日本刀を突きつけて自慢げな軍人の写真1枚を選びま した★後者の沖縄返還を戦後26年にして実現した佐藤総理(当時)のことは後述のことにしての話。ヨシダは沖縄返還直前に運送業界視察の名目で一週間の旅 行をしました。右側通行・左ハンドル時代でした。フィリピンの現在と同じ★佐藤さんに話を戻してのこと。総理の時代に「非核三原則」を唱え、世界に宣言し たので、世界は感激して「平和主義の旗頭」と讃え、ノーベル賞を受賞。ところが後日、彼は非核三原則を唱えた言葉の蔭で沖縄返還の交換条件みたいな形でア メリカと「核の密約」を交わしており、世界中の人を欺いていたことが判明したものでした。でも、沖縄の人たちにとってはそんなことはどうでもイイが本音 だったでしょう。基地問題に揺れる沖縄の実情は胸の痛むことです・・・。
 「No.5873パリ多発テロ、イスラム国の「金と武器」はどこから来るのか?MAG2 NEWS2015.11.21.北野幸伯)」を編集しながらふと、頭を横切るもの。イスラム国の資金源を絶つために、かれらの最大の「財源」である「石油の不買運動」を呼びかけたら・・・と。でも、そうすると逆に標的にされるのが、提言国?それとも、既存の石油購入国?と複雑です。(12:30)



2015.11.20.(金)
  本日「11月19日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(4)1910年 - メキシコ革命: フランシスコ・マデロポルフィリオ・ディアス大統領の大統領選での不正と当選無効を訴えて一斉蜂起。メキシコ革命が始まる。 」、「(29)2001年 - シアトル・マリナーズイチローが、メジャーリーグベースボールで日本人初のMVPを 獲得」★前者は革命という行為そのものに対するある種の評価をしたい気持ちが否定できないからです。ちなみに、わが人生は第一毛作で実用新案3件を取得 し、英語力を駆使して米国から新技術3件をマスタ-して日本に広めたりしました。また、人生第三毛作では、トラック運送業界の規制緩和にチャレンジしたり したものです。欧米諸国では本流とさえ言われる「個人トラック制度」ですが、日本では「最低車両台数規制」で認められないものでした。大量の提言論文を業 界紙(誌)に発表したり、講演活動を展開したものです。結果は実現しませんでしたが、「建前と本音の使い分け」をする母国に愛想を尽かしての離日であった ことも事実です★後者のイチローさんの快挙は、人生第三毛作で「ドライバー教育」を手掛けた折に、イチローさんの人柄や考え方に言及したものでした。教育 の良き手本の人物としてでした。(19日19:20)
 本日最初の取材記事はヨシダに大きな転換期を招来した感じです。単細胞的と言われるのを承知の上のヨシダ告白ですが、「憲法改正已む無し論者」への転換をします。良かれ悪しかれですが、一つの思想の区切りを感じる瞬間です。「No.5870102歳の奥野誠亮・元法相「そろそろ自前の憲法作ろう」産経ニュース2015.11.20.)」がそれです。(10:35)
 久々に経営者マインドを楽しみながら編集した記事です。「No.5872:非正規4割佐賀新聞「有明抄」2015.11.20.章)」がそれですが、本記事筆者は相当のご年配とみます。ゴメンなさい、辛口ブログで・・・。(12:40)




2015.11.19.(木)
  本日「11月19日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいのは「(8)1863年 - エイブラハム・リンカーンによるゲティスバーグ演説が行われる。」、「(20)1969年 - アポロ計画: アポロ12号月面に着陸チャールズ・コンラッドアラン・ビーンが 月に上陸した3人目および4人目の人類となる。」です★前者の有名なリンカーンの「ゲティスバーグ演説」は20数年間に亘って日々朗々と口ずさむヨシダの 朗誦英語詩文集の一つです。完ぺきな発音や抑揚でネイティヴ並み以上に日本人でこれができるのはおそらくヨシダがナンバーワンと自負します。モノ好き屋の ヨシダのやることです。詳しくは本トップページをスクロールダウンするとご覧いただけます★後者の「アポロ12号の月面着陸」のシーンをテレビで観たのは 忘れもしません、お得意先の方のお抱え運転手役で県内100箇所近くあった「セメント納入先の表敬訪問」のお供をヨシダのクルマ(ドイツ・オペル車)で努 めた時のこと、昼食をとるべくレストランに立ち寄りました。お客の全員がテレビに釘付け。思わず見とれたものでした。当時のヨシダは仕事一本槍。世相等に は疎いものがありました。
 「No.5864欧州の一隅に潜んでいた過激派組織「イスラム国」(IS)メンバーらの姿があぶり…日本経済新聞「春秋」2015.11.19.)」 を編集しながらのこと、この組織を称してマスメディアが呼んだのが「イスラム国」と。乏しい知識のヨシダがよく反論したものです。「なぜ、あんな組織を国 と呼ぶのか、呼べるのか!?」と。世界に認められた「国土&憲法」を有しない組織を称して「イスラム国」とは?、が単純な知識のヨシダでしたが・・・。 (10:15)
 「No.5865足不自由な姉、山に置き去り…震災で自宅全壊後読売新聞2015.11.19.)」を編集しながら何とも悲しい、いとおしい出来事、と人事でない胸の痛みを覚えます。「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」に身を置き、なんら不自由なく過ごす現在のわが身であることに感謝の念を強めます。記事の主人公「幸子」さんに合掌。(11:45)

 「No.5866パリ同時多発テロの根底にある100年の歴史DIAMOND Online2015.11.19.高橋洋一 [嘉悦大学教授])」 のブログを(編集中)として続ける予定だったところ、受信したメルマガで興味ある記事にヒットしたので、そちらに移行すべくピリオッドを打って、先に進み ます。くだんの記事は「スー・チー人気で過熱する『日本のミャンマー投資』が失敗する理由=真殿達」(MONEY VOICE)があるのでそちらへシフトします。ヨシダのネギャティヴなスー・チー人物評を裏付けます。ご期待ください!(14:40)
 「No.5867:スー・チー人気で過熱する「日本のミャンマー投資」が失敗する理由=真殿達MONET VOICE2015.11.19.真殿達・麗澤大学教授)」 を編集しながら思ったこと。ヨシダも満更、捨てたもんではないな、人物評のこと・・・(笑)。ところで、本記事の発信主は「MONEY VOICE」ですが、投資や投機とは全く無縁のヨシダです。受け取る年金も原爆健康管理手当ても全額、家長・アーネルの采配に託していまして、ヨシダの財 布は空っぽ!というより、財布なんて無用で持っていません。欲しいモノがあれば、「アーネル!・・・」でチョンです。身軽でイイことこの上もありませんよ (笑)。老後ともなれば、遺産相続等々で余計な心配事がつきものの老後。身軽さバツグン、屈託なく、こんな道楽をするヨシダだけに、ハッピーです。 (16:05)
 「No.5868:フランスは原発テロの悪夢にうなされている 自爆覚悟のテロは、防ぐのが難しい東洋経済ONLINE2015.1.19.(18日付)清谷 信一 :軍事ジャーナリスト)」・・・と、大忙しの編集室!もう一件の記事が目にとまっています。ついでに取り上げるか!って気分です。さて、どんな内容でしょうか?・・・。(17:10)
 久々に6編もの多くの記事を編集しました。「No.5869:パリ同時多発テロ」で世界の敵対関係はどう変わるのか?MAG2 NEWS2015.11.19.北野幸伯)」で、本日の取材編集を終了し、明日への備えに編集に入ります。(18:30)

2015.11.18.(水)
  本日「11月18日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいのは沢山あるのですが、欲を言えばキリのないことと割り切って2件の当該写真を添付しました。一つは、「(3)1803年 - ハイチ革命: ヴェルティエールの戦いジャン=ジャック・デサリーヌ指揮のアフリカ人(黒人)奴隷反乱軍がフランス軍(ナポレオン・ボナパルト軍)に勝利。サン=ドマング(現在のハイチ共和国)独立が決定的になる。」、二つは「(14)1950年 - 国鉄京都駅舎が全焼。」としました★前者の「ハイチ革命」は「ハイチ革命、:Révolution haïtienne, 1791年 - 1804年)は、西半球で起こったアフリカ奴隷の反乱の中でも最も成功した革命。」 という点において。後者の「京都駅舎全焼」は京都にクライアントがあったことから、頻繁に訪れたもので、祇園の高級料亭で接待を受けた時の感動以上の感動 を京都駅で体感したためです。東京駅とはちょっと異なる豪華さと印象・・・といったヨシダの個人的な想い出による選択肢です★なお、前者の「ハイチ革命」 ですが、2010年の「ハイチ大地震」(犠牲者22万人以上)の際に大統領官邸の豪華さや当時の大統領のとった行動等々ではネギャティヴな印象を受けたこ とを想起します。革命当時の リーダーと二世紀経った時代格差を感じます。革命時の初心が失われた印象を受けました。(5:00)
 今朝一番にヒットした記事!記事の内容以上にイイのが「ヨシダブログ&添付写真」といったところ・・・と、自我自賛します。ま、このくらいのジョウダンはお許し下さるでしょうネ。「No.5860:パンを焼く人、水を運ぶ女性、ギターを弾く男……。人間のさまざまな所作を…日本経済新聞「春秋」2015.11.18.)」(10:10)
 編集直後に異変を感じた記事。際どい写真も「やらせ」(?)といった感じ。編集したヨシダは胸の詰まる想いでしたものを、途中からなにやら胡散臭いサイトにヒットするなどで、まさか、やらせ!?と絶句しそうです。果たして事実は・・・?おっと、その記事は「No.5861:窓枠にぶら下がった妊婦、男性が救助 パリ同時テロ朝日新聞2015.11.18.渡辺志帆)」 です。積極的な取材をかつ、スピーディにしいたら、思わぬ出来事に遭遇するのはヨシダに限らず、肝心の本記事筆者の渡辺志帆記者でもあるでしょう・・・。 本記事内容の真偽が明らかになるのは時間の問題でしょうが、万一、「偽旗」としたら・・・絶句あるのみです。(11:15)
 「No.5862:福井と沖縄の地方紙がタッグを組んだ。「ともに安全保障とエネルギーという…神戸新聞「正平調」2015.11.18.)」を編集しながらヨシダ流儀のアイディアを思いつきましたのでブログします。ヒロシマ・ナガサキは被爆都市同士でありながら、あまり情報交換が見られない感じというのがヨシダの印象です・・・。(12:25)
 「No.5863スティーブ・ジョブズ氏は自分の子どもには最新機器の使用を制限していた―…山陽新聞「滴一滴」2015.11.18.)」を編集しながら、わが身の処し方を客観的に観ました。これしかない・・・のがヨシダの想いであり、これでヨシ!(Es ist gut!)しかない・・・と。(13:50)

2015.11.17.(火)
本日「11月17日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(3)1558年 - イングランド女王メアリー1世が死去し、妹のエリザベス1世が即位。エリザベス朝が始まる。」、「(10)1869年 - スエズ運河が開通。」、「(30)1990年 - 長崎県雲仙普賢岳の山頂部で水蒸気爆発が起こり、198年ぶりに噴火。」 ★(3)のエリザベス朝と言えば、現在の英女王はエリザベス2世。454年も前のエリザベス女王と現在の同女王との関係に関心を強めます。グーグルで調べ るに、 「一応、イギリス歴代王朝の王は、何らかの血の繋がりはあります。エリザベス一世は生涯独身で子供が居なかったので、現在の女王のエリザベス二世は直接の 血縁関係は無いですが、遠いご先祖様の親戚です。ちなみに現在の女王がエリザベス二世と名乗る理由は、エリザベス一世が亡くなってからエリザベスという名 の女性が初めて即位したので、二世なんです。間に誰かしらいたら、エリザベス三世・エリザベス四世…となっていたでしょう・・・」と★当該写真に現代風に 文字に書かれたものがあります。好奇心旺盛なヨシダの仕業ですが、エリザベス1世の人物像をこき下ろすような文字の羅列と判断します。ちなみにフィリピン に来てからテ レビで観たのが米画「エリザベス」でした。酷いことをする女王だなあ、と思ったもの。その女王の命令ひとつで打ち首になるのが女王の妹みたいな存在の人 物。その理由は後述するとして、随分と残酷なことを平気でする女王さんだったんだなあ、と。一方、このできごとの編集の延長線上に避けて通れなかったのが ほかならぬ、文字に書かれ た女王に対する痛烈な批判語でした。英語のままにその一部を列記します。「BAMF」 はスラングで、bad ass motherfucker といった感じのコテンパ~の悪口です★一方、エリザベス1世が処刑したのが同じ女王の席のライバル的存在だったのがメアリー・ スチュアートという際立った人物ですが、取り巻き層の陰謀的なこともあってか、議会が「イングランド女王暗殺計画した罪」 で死刑の宣告をするのです。その経緯は「悲劇の女王メアリー・スチュアート」 をクリックしてご覧ください。長文の価値ある内容です。そんな複雑な出来事を 学んだ上で観ていたら、くだんの映画も一層興味があっただろうに、とは現在のヨシダのホンネ。それにしても、前出の英語のヒッタくそ的な英語表現がこの問 題の検索で出てくるとは?・・・とはヨシダのホンネです★おって、(10)のスエズ運河は建設初期の模様に格別の関心を強めるヨシダの選択肢。(30)の ブログは長くなったので止めときます・・・。(日付変更を早めにしています。)
 ただ今、お昼過ぎの12:10.ひと通り全てのサイトをチェックしましたが、これっという記事にヒットしませんでした。ふと、ヨシダが尊敬してやまない「山久瀬洋二先生のメルマガ」が目にとまりました。題して「フランスの連続テロ事件を受けて」。異文化ビジネスコンサルタントとして世界をかけ回っておられる異色の経営コンサルタンでして、英語記事などの内面を鋭く分析される方。同氏のウェブサイト「Yoji Yamakuse グローバル企業を支える異文化経営コンサルタント」をご覧ください。時事英語力プラス経営の鋭い教科書です。・・・と、別のメールに(も)関心を抱きます。題して「パリ多発テロ、もう一つの見方~黒幕はロシア、イスラエル、サウジか?=子貢」(MONEY VOICE)。う~ん、どちらを先に?・・・と腕を組むヨシダ。さて、あなたはどちらを先に?(12:25)
 「No.5858パリ多発テロ、もう1つの見方~黒幕はロシア、イスラエル、サウジか?=子貢MONEY VOICE 2015.11.17.)」に次いでの編集は「No.5859:フランスの連続テロ事件を受けて川久瀬洋二メルマガ2015.11.17.)」です。難民に紛れ込んでいるテロ集団。なんとも不気味な情勢です。(16:05)

2015.11.16.(月)
  本日「11月16日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(3)1821年 - 西部開拓時代: ウィリアム・ベックネルが西部の交易路・サンタフェ・トレイルを開く。」と「(4)1849年 - フョードル・ドストエフスキーに対し死刑判決。後に執行直前に特赦によりシベリア流刑に減刑。」、「(7)1885年 - カナダの反乱指導者ルイ・リエルが 処刑される。」の3つのできごとです★(3)西部劇にも出てきたシーンを想起します★(4)の「ドストエフスキー」は、文学(読書)とは縁を深くすること ができなかったヨシダの人生ゆえの反動(?)かもしれません(笑)。でも、これを機会にグーグルであらためてドストエフスキーの人物像を学びました。ヨシ ダにできることといったら、彼の著書表紙写真を並べ見入ることで、読んだ気分を味わうといった魂胆です(笑)、それにしても天才は往々にして異常な生き方 が無きにしも非ずと感じます。彼が死去するまでに遺した著作は全部で35編。添付写真4人の女性は彼と縁を結んだ女性。その次の紳士は死刑執行直前に特赦 を与えた皇帝ニコライ2世★(7)の処刑されたリエルは、「カナダにおける連邦政府の父とも連邦に対する反逆者ともいわれるが、カナダの歴史の文脈上、その評価については最も複雑で難解な一人として論争の種は尽きず、また悲劇的な人物として捉えられている(ウィキペディア)。後世の人物評はいろいろとあるものだと痛感します。
 「No.5856安政7年(1860年)1月15日、直弼は安藤信正を老中に昇進させ、この日に登城し…日本経済新聞「春秋」2015.11.16.)」 を時間かけて編集するなかで感じることは、このようなコラム編集が編集者のヨシダに与える得がたい勉強機会にほかありません。井伊大老の誕生日が旧暦で一 日の差!と、こんな他愛もないことでもカンドウするヨシダは幸せ者ですよね。何ごとも時間をかけてしながら、無感動より、感動する、できるほうが得ですよ ね。(13:30)
 「No.5857:直弼と柳京都新聞「凡語」2015.11.16.)」を編集して想うこと。本日は「井伊家の日」と、勝手に解してご満悦の編集者ヨシダです。(16:30)



2015.11.15.(日)
  本日「11月15日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(12)1935年 - マニュエル・ケソンフィリピン自治領の初代大統領に就任、「(21)1955年 - 自由党日本民主党が合併し、自由民主党が誕生。(保守合同」、「(33)1986年 - 三井物産マニラ支店長が誘拐される。(三井物産マニラ支店長誘拐事件」 の3編、なかんずく、(12)と(33)はフィリピンの出来事に関連します。前者はヨシダが4歳のとき。後者は男盛りの真っ最中のできごと。まさか、その フィリピンを終の棲家とするとは・・・。♪人生~って、不思議なものでえすね~♪★フィリピンのできごと2編はさておきのこと。自由党と日本民主党の保守 合同。でも、くっついたり離れたりは人間歴史の繰り返し。(11月14日夜)
 本日は日曜日。と言ってもヨシダの日々は戦時中の「月月火水木金 金」ってな調子(笑)。でも、毎度のことながら想うことは、「することがあるって、イイことだ!」です。可笑しなもので、トイレに行っていても頭の中はぐ るぐる回っています。「あれはこんなに処理して、次は・・・」ってな調子。頭は使いすぎて些かも悪いことはない」と。「人生第四毛作をフィリピンで!」 と、構えた気分でフィリピンに移住したヨシダ。それが在比7年を前の心境はガラッと変わって「ボケ防止努力人生」(?)ってな格好にニンマリって気分で す。なにせ、フィリピン人家族との共同生活「条件」を考えると、生半可な格好をつけるよりも、とにかく、少しでも長生き努力。ボク防止は最たる課題と受け とめています。★と、少しでも長生きを!という意図に後ろめたさはありません。同居するフィリピン人家族をより幸せにする契約条項があるからです。自身の ためでなく、他人のため、というのが実は格好の大義名分。それに向かって自助努力するのですから、天はヨシダを見捨て給うことはない、というヘンな確信で す。とまあ、こんな駄洒落をめいたブログをするのもできるのも、このウェブサイトのお陰です。もしなかったら・・・?
「・・・さて、今日は何をして過ごそうかな・・・」は無縁であることを感謝する始末です。(00:10)  
  「地政学」と言えば強烈な印象を抱くヨシダ。戦後のマッカーサー占領軍総司令官が日本人の「地政学禁止」を申し渡したこと。戦争は地政学が招来する学問だ からです。でも、現代は大手を振ってまかり通っています。国際政治の上でも不可欠な学問。沖縄の基地問題も所詮は、この地政学が招来する問題です▼その地 政学の最大の舞台が中東諸国なかんずく、シリアがその主役(?)といった感じ。厄介な存在です。「No.5853中東の地政学を変えるロシア介入日本経済新聞2015.11.15.本社コラムニスト 脇祐三)」にその辺りの根深いものを痛感します。(16:05)
 「No.5855異次元緩和は失敗だった。クルーグマンの『Rethinking Japan』を読む=吉田繁治MONEY VOICE 2015.11.15. 吉田繁治)」は長文記事。後日にじっくりと読む価値のあるものとして編集しました。この辺りで本日の締め切りにして日付変更編集に入ります。(20:05)

2015.11.14.(土)
  本日「11月14日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(10)1910年 - ユージン・バートン・イーリーが史上初の艦上からの飛行機の離陸に成功。」、「(19)1957年 - ニューヨーク州アパラチンにマフィア幹部が集結してアパラチン会議が行われる。」、「(37)2003年 - 小惑星セドナが発見される。2003 – Astronomers Michael E. Brown, Chad Trujillo, and David L. Rabinowitz discover 90377 Sedna, a Trans-Neptunian object.)」の3件と言えるでしょう★(10)は現代の航空母艦&艦載機の初代版とも言える出来事。既存の軍艦から離艦するという離れ業は冒険的です。冒険家につき物は事故リスク。主人公の「ユージン・バートン・イーリー」 さんは後年、墜落事故死を遂げています。本編では無論記載されていませんが、当該写真末尾に墜落した彼の飛行機写真を添えました。これって、編集者の隠れ た苦労と成果です★(19)は米画でよく観たアメリカのギャング映画の主人公たちのホンモノのできごと光景写真。リアル感バツグンです★(37)は、グー グル本家英語版と日本語版の大きな差異の例。日本語版の「○○が発見された」と英語版の「○○が誰々によって発見された」の差異。編集する立場にあって、 大事なポイントは「誰が?」でしたので、英語版からそれを「発見」したよい例です。日本語の「主語抜き」を自慢するムキもありますが、理解する側からは大 きな疑問です。・・・と、余計な講釈をしてゴメンなさい・・・・。(11月13日夜)
 「No.5850:いかめしいのに、どこかひょうきんな風神雷神や、野分や雨でたおやかに曲がった…日本経済新聞「春秋」2015.11.14.)」を編集しながら本阿弥光悦美術とその背景にあり徳川歴史の1ページを遅ればせながら学びました。嬉しかったデス!(9:35)
 海外生活者のホンネ!円高大歓迎!「No.5851始まる「円高」のターン~経常黒字拡大&利上げ織り込み、当局意向も後押し 週刊 金融経済マグジャーナル2015.11.14.マンさんの経済あらかると)」の予言が実現しますように・・・!(11:00)
 海外居住者の立場ゆえに気になるのが円相場。先刻は「円高情報」で多少ニンマリ。次の瞬間にまたまた元戻り。「コラム:「「師走の円安」アノマリー再現か=鈴木健吾氏 」がそれですが、編集はしません。一喜一憂するなかれ、と自身に言い聞かせています。(笑)★さきほど、上掲のリンクを貼った瞬間に、どうしたことか、此 処から以下の画面が消滅!でも、慌てずに、5,6分間で修復しました。コピー取りを怠らないのがその結果です。なにせ、ウェブサイト編集作業は微妙で す・・・。キーボードの叩き方が激し過ぎるのかな?と自問自答する始末です。(12:55)

2015.11.13.(金)
 都合により、日付変更を早めにしましたので、ご諒承ください。(11月12日.20:00)
  本日「11月13日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(1)1002年 - 聖ブリスの日の虐殺英語版イングランドエゼルレッド2世が国内に侵入したデーン人全員の殺害を命令。」、「(16)1982年 - ワシントンD.C.ベトナム戦争戦没者慰霊碑が完成。」、「(16)1982年 - ワシントンD.C.ベトナム戦争戦没者慰霊碑が完成。」「(23)2009年 - バラク・オバマ米大統領が日本を初訪問。鳩山由紀夫首相との日米首脳会。」の3件を特記します★(1)の虐殺に関して検索するに「The skeletons of 34 to 38 young men, all aged 16 to 25, were found during an excavation at St John's College, Oxford in 2008.Chemical analysis carried out in 2012 by Oxford University researchers suggests that the remains are Viking; older scars on the bones provide evidence that they were professional warriors. It is thought that they were stabbed repeatedly and then brutally slaughtered. Charring on the bones is consistent with historical records of the church burning (see above).という記述にヒットしました。2008年に聖ジョン大学での遺跡発掘で発見された34~38体がそれ。骨に残った傷跡から残酷な仕打ちが窺 われる・・・と★「(16)ベトナム戦争戦没者慰霊碑の完成」をみて感じることはアメリカという国が戦没者に示す最高の敬意が印象的です。アメリカン・ヒ ロイズムとかいったことで簡単に解釈すべきでは断じてないでしょう。日本の靖国神社問題では閣僚が参拝するかどうかという次元の低いことでワイワイっての が現状とはドエライ差異です。多くの関連写真を選ぶ中で似たような慰霊碑を沖縄にみます★(23)のオバマ大統領の初の日本訪問で想起するのはNHKワー ルドテレビで観た光景。記者の質問(被爆市訪問の計画がありますか?)に対する大統領の言葉が現在にして鮮明です。"The schedules are too tight to visit this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency..." 思わずガッツしたものでしたが、現在に至って実現していません。なお、同報道がその後のマスメディアで「封印」された感じがするというのがヨシダの弁。原 爆記念日が訪問日とすれば「2016年71周年式典」という中途半端な年次になるでしょう。この辺りのことを書いたのが、「オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」ですが・・・。(12日23:30)
 今朝一番のメルマガでヒットした記事にはビックリ仰天ってところです。全18ページの取材記事。そのヨシダが関心を強めるのは取材者人物。山本みずきさんって、大した人物だ!がヨシダがブログしたいこと。「No.5848地下350メートルの世界 「核のごみ」はどう処分するのか産経新聞2015.11.13.(10日付)聴き手:山本みずき:ボランティア活動団体「Peaces」代表)」をぜひとも開いてご覧ください。(10:20)
 「No.5849私たちが都会を離れたワケ日本経済新聞2015.11.13.地方部 河野俊)」 を編集しながらふと、ニンマリしました。「ヨシダが日本を離れたワケ」でブログしたら無限大に広がること間違いなし!ま、こんなウィットが84歳のヨシダ から出ることは、その分、なんとか幸せで満足して生きている証拠。でも、こんな芸当はだれ彼できることではないでしょうよ。ホント!(13:40)

2015.11.12.(木)
  本日「11月12日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(11)1936年 - サンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジが開通。」、「(25)1970年 - ボーラ・サイクロン東パキスタンに 上陸。史上最悪となる30万から50万人が死亡。」です★前者(11)に関してのヨシダの関心事は出来上がりより建設過程の有様に大きな興味を抱きます。 冒頭の写真は「とび職」の離れ業。この職業は洋の東西はありません。流石はプロだ、です。サンフランシスコと言えば1993年に一ヶ月間の米国取材取材旅 行をした際に、最終日程をサンパウロからサンフランシスコのロングドライブ旅行をロス在住(当時)の従姉妹夫婦のクルマでドライブ旅行をした際にこの巨大 な橋を渡りました★後者(25)に関して思うことに、東日本大震災の死者行方不明者数が18,465人ですから、その倍にもなる大規模災害。「きょのでき ごと」編集では毎回、大なり小なりのこの種の災害にヒットし、その都度、胸の痛みを覚えます。人類の住む地球は災害続き。古今、洋の東西を問わず殺し合い の歴史。ああ、無情・・・と絶句します。(00:05)
 今朝一番の記事「No.5844:十六羅漢像福島民報「あぶくま抄」2015.11.12.)」 は離日直前まで縁を得た福島県出身の多くの友人のこと。メインバンクの三軒隣の喫茶店の女性店主は台湾出身で旦那さんは福島出身の早大卒のインテリでし た。彼は病を得て早世されましたが、息子さんも大きくなられてお店の経営も順調なんだろうな・・・と想いをめぐらすのが本記事です。(10:00)
 「No.5845最初に空を飛ぼうとした人間がだれかは知る由もないが、この国で記録に残って…中日新聞「中日春秋」2015.11.12.)」を編集品がしばしロマンに浸りました。それって、な~あに?という声を意識します。先ずはヨシダブログをご一読のうえ・・・。(11:00)
 ほら、ホンネが出た!スー・チーさんのこと!「No.5846:スー・チー氏頼みに危うさ 「大統領より上」発言が波紋日本経済新聞2015.11.12.ヤンゴン=松井基一)」 がそれです。添付写真は大きくして、彼女の言葉を此処でも確認するためです。前回の記事に批判的なブログをしたヨシダでしたが、此処にきて、どうやら的外 れのブログではなかったな・・・と密かに自負する始末です。それにしても、今後のミャンマーが気掛かりではあります・・・。(12:20)
 海外生活者のホンネは円高ですが、母国の立場を考えると円安です。板ばさみ(大袈裟な!)のブロガーの気持ちで編集しました。「No.5847:
始まる「円高」のターン~経常黒字拡大&利上げ織り込み、当局意向も後押しMONEY VOICE 2015.11.12.)」がそれです。(13:50)

2015.11.11.(水)
  本日「11月11日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(10)1920年 - アメリカ・アーリントン国立墓地無名戦士の墓が作られる。」、「(34)1995年 - 岐阜県神岡町(現 飛騨市)の神岡鉱山の地下に世界最大のニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデが 完成。」です★前者に関しては、アメリカという国の戦没者に対する姿勢を垣間見るからです。アメリカン・ヒロイズムとオーバーラップすると言ったら戦没者 に無礼と言えるでしょうが、日本人のそれ(対戦没者姿勢)とは一線を画す感じがしないでもありません。日本の場合は靖国神社への戦没者名簿でチョンってな 感じ。戦死者対する姿勢の日米格差をみて感じることは、アメリカは勝者なかんずく、アメリカン・ヒロイズムが背景。日本のそれは戦争そのものに対するある 種のコンプレックスとでも言えるでしょう。「戦後日本における戦没者の「慰霊」と追悼」 (赤澤史朗著・全16頁)にその辺りのことが鮮明に書かれています。戦死者に対する国姿勢の日米ギャップの現実が編集者ヨシダの胸に強く響くことが、数あ る「できごと」の中から特選した理由です★後者の「世界最大のニュートリノ観測装置スーパーカミオン」に関してはそのもの自体の価値付けが不十分なヨシダ ですので、その巨大さをもって特選した次第です(笑)。(00:10)
 いや~! 今朝一番の取材記事を編集しながら「ニヤニヤ、ニコニコ、マッタクだ~!」と相槌 を打ちながらご満悦のヨシダです!「昔とった杵柄」って気分で大いに楽しみかつ、主人公の由美ママ社長さんに経営者人生60余年キャリアのヨシダが最高の エールを贈ります。在日中は離日寸前まで契約を得た新橋の老舗運送会社をクライアントとして9年間持ったヨシダでしたが、「ご縁がなかった・・・」とはヨ シダの精一杯の強がり(?)です。おっと、その記事は、「No.5841“話させ上手”は相づちの達人朝日新聞デジタル2015.11.11.文&写真 伊藤由美)」です。読んで観て大いに楽しめる主人公・由美ママ社長さんの名言集でもあります。(9:05)
 「No.5842「正しい目的は、それにふさわしい正しい手段を用いない限り達成できない」―。…福井新聞「越山若水」2015.11.11.)」を編集する中で感じること。暗殺された指導者に対するノスタルジー、その後継者に期待する待望観・・・と複雑な心境になりました。裏返せば、その分、国民が無知なのかな・・・と。なにせ、戦前戦中の日本国民もそうでしたから・・・。(11:25)
 ひゃ~!ブログするにも程があるぞ~!という声が聞こえてきそうです。・・・はい、でも、これがヒバクシャ・ヨシダの本音です。ご意見は遠慮なくお寄せください。ヒバクシャ証言のあり方を巡る際どい意見交換を期待します。おっと、くだんの記事は「No.5843:「語ると思いと聞く思い」中国新聞「天風録」2015.11.11.(広島平和メディアセンター・サイトより)」です。(14:25)

2015.11.10.(火)
 本日「11月10日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(10)1940年 - 皇居外苑で紀元二千六百年式典を実施。11月14日まで日本各地で記念行事が行われる。」、「(30)1989年 - ベルリンの壁崩壊: ベルリンの壁が 破壊され始める。」でしょうか・・・・★前者はヨシダが9歳の時代。子供心に鮮明なのは♪紀元は2千6百年 ああ、皇国の・・・♪と歌ったものでした。戦 後は占領軍の指令でご法度になった建国歴史。この歳にしてと言ったら些か滑稽ですが、日本国の建国の実態をグーグルしてヒットしたのが「【ギネス認定】日本は世界最古の国」。ギネスが認定したものを日本人自身の手で否定してきているのが実態って感じで、なんとも解せません。アメリカ合衆国のCIA公式サイトでも掲載されています。「THE WORLD FACT BOOK」をご覧ください。曰く、「3 May 1947 (current constitution adopted as amendment to Meiji Constitution); notable earlier dates: 660 B.C. (traditional date of the founding of the nation by Emperor JIMMU); 29 November 1890 (Meiji Constitution provides for constitutional monarchy)★これほどまでに「国際的に認知」された日本国の建国歴史でありながら、肝心の国民はマッカーサー占領軍司令官の命に従って、そのまま 現在に至る・・・ということになんだかやるせない心情が否定できません。でも、考えてみるに、84歳のヨシダが今更、こんなことを持ち出すなんて・・・と 反省します。これもすべては「きょうのできごと」 編集のお陰です・・・★さて、後者の「できごと」は「ベルリンの壁崩壊」。悲しいかな、ヨーロッパは訪れたことのないヨシダ。写真だけが頼りの情報です が、「東西」ならぬ、「南北」で分断された国が日本の隣国。統合どころか、南北戦争に・・・といった物騒な雰囲気すら否定できないのが心配です。「11月10日のできごと」を巡ってのヨシダブログが長くなって失礼しました。(00:10)
 「No.5838:「胸に響く言葉」紀伊民報「水鉄砲」2015.11.20.信)」 を編集しながら楽しみかつ、感動することは、ひとつのものに稀有な姿勢で打ち込む人物の偉大さです。凡人のヨシダがそうした偉大な人物の生き方を横目にし ながら、そのご人物の人生姿勢に共感しつつ、ボクも似たような生き方を生き抜きたい!・・・という想いです。(10:25)
 「No.5839:四重奏の魅力について、評論家で作家の戸板康二さんが熱く説いている。…神戸新聞「正平調」2015.11.10.)」を編集しながら、しばし音のない、文字と写真のなかで音楽の世界に浸りました!(11:35)
 「No.5840道徳を説く人間を信用するなと序文に書きながら、書名は「新しい道徳」…福井新聞「越山若水」2015.11.10.)」を編集してガッツしたのはほかでもないヨシダです。ヨシダの生き様を「これでよし!」ならぬ、「それでよし!」と御大から励まされる気分です。たけし御大ってすっごい人物ですね~!感じ入るばかりです・・・。(12:45)

 

2015.11.9.(月)
 本日「11月9日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(4)1867年慶応3年10月14日) - 徳川慶喜二条城大政奉還を宣言。」と、「(7)1918年 - ドイツ革命: 皇帝ヴィルヘルム2世オランダに亡命。社会民主党フィリップ・シャイデマン共和政の 樹立を宣言。」です★前者の「大政奉還」に関して言えば、最期の徳川将軍第16代・徳川慶喜の処し方に対する関心。もうひとつ追加すれば徳永慶喜さんはヨ シダと同じ誕生日(1837年10月28日・97歳上)、という他愛もない理由です。ちなみに、同じ誕生日で有名人にマイクロソフトのビル・ゲイツさん (1955でヨシダが24歳兄貴分)が居ます★「二条城」と言えば、数時間の見学をしたことを想起します。講演の合間を使ってのことでしたが、暫し廊下に 座り込んで昔を偲びました。ロマンを追いました★後者の「ドイツ革命」に関してはヨシダの関心事は王政から共和制へのシフトの勉学、といったところ。グー グルの関連資料は膨大ですが、拾い読みでドイツ歴史の一端を学びました★・・・と、そんなことから、本日の「できごと」の添付写真はその2件のできごとに 留めました。編集容量制限(1KNB=1000KB)を意識しての添付写真制限です。(00:10)
 「No.5836「一億総活躍」社会を実現する具体的処方箋 省力、学習、公正の3つが課題解決のカギ東洋経済ONLINE2015.11.9.土居丈朗 :慶應義塾大学 経済学部教授)」 を編集し終えてふと思うことに、ブログはしなかったこと★こんな際どいブログをするにはヨシダは体験上根拠を持ちます。「○○審議会」と称する政府召集の 民間人の集まり。想像できることは、「結論先にありき」でして、下手に政府案に反対する意見を強力にすれば、次回では起用されないというジンクス。政府案 に賛成、そのためのお膳立て作り、というのが相場です★米国の例をとれば、重要官僚は時の政権のみであって、政権が変われば「総入れ替え」というシステム とは些か異なります。民主主義体制の日米格差でもあるでしょう。なにせ、日本伝来の思想に「お上主義」ってのがあるのですから・・・。(12:55)
  今気付くに、昨日は「立冬」、今日は「新聞休刊日」。常夏の国で過ごすこと足かけ7年。年中、24時間が「ステテコ&半そでシャツ姿」だけに季節感は皆 無。おかげで体調バツグンを感謝します。在日中は「日本は四季に恵まれている・・・」と感じていたのがウソみたいです。フィリピンからみる四季に恵まれた とする母国の人たちは季節ごとの服装や室温対策で大変だな・・・とは、今にして思うニッポン人のヨシダです★きょうは新聞休刊日。各紙の「コラム」は執筆 者の好みで新聞休刊日なしも見受けられます。でも、本コラムに適した記事にヒットしません。ま、たまにはイイでしょう★ところで、「きょうのできごと」編 集で「改革」(大袈裟な!)を実践中です。たくさんあるできごとですが、ごく限られたできごとに関してのみ、複数の当該写真だけを添付することにシフトし ました。編集許容能力を考慮してのことでしたが、それに余裕があっても、そのほうがイイ感じです。その分、吟味してより多くの写真が添付できるほうがイイ 感じです★先ほど、英語版のコンテンツを久方ぶりに幾分か修正加筆しました。英語版まで手が回らないというのが実態でしたが、これを機会に、時おりの手直 しをします。例えば、トップサイトの末尾の「お愛嬌写真添付」みたいなものがそれ。「忙中閑在りあり」って気分で・・・。(16:00)



2015.11.8.(日)
 本日「11月8日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(3)1620年 - 三十年戦争: 白山の戦い。」、「(36)2013年 - フィリピン平成25年台風第30号が上陸し、甚大な被害が出る。」です★前者「白山の戦い」は、ボヘミア(現在のチェコ共和国)の首都プラハ近郊の山、白山(チェコ語名ビーラー・ホラ Bílá hora)でのハプスブルク軍勢力とボヘミアのプロテスタント貴族との間で勃発した戦闘。 カトリック系の苛烈な戦後処理は、他のプロテスタント諸侯・諸国の反発を招き、反乱が30年にわたる国際戦争に発展する原因となったものと学びます。乏し い知識のヨシダが想像するに、所詮は、勢力拡大でより優位に立ちたい、より良い生活を得たい・・・という人間本能によるもの・・・とはヨシダ独自の思想。 人間の性(さが)に行きつきます★ひるがえって、ヨシダはプロテスタント。ヨシダが高校生時代の英語弁論大会優勝が縁でアメリカ人女性宣教師に出会ったの が縁でプロテスタントの洗礼を受けた身。終の棲家はカトリックのフィリピンと奇しき縁。でも違和感は皆無です★後者のフィリピンを襲った「台風第30号」 は当地・ラグーナ州では全く影響がなかったものの、現地は悲惨を極めました。当時のヨシダの印象は、被災地の被災者の人たちの表情に悲壮感が見られない、 という強烈なものでした。それを裏付けるのがヨシダがフィリピンに移住して間もなく書いた記事があります。「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語:2010.6.17)がそれですが、その英語版全文がフィリピンの英字新聞に掲載されました。Calabarzon Breaking News」がそれです。定期寄稿者に任命されたものの、経営陣の意見の差異が廃刊を招来しました。でも、くだんのウェブサイトは活きています。(:)
 「No.5835:西郷隆盛に学んだ庄内藩士たち 国際派日本人教養講座No.925 2015.11.8.)」をほぼ半日かけて編集しました。ハイ、ヨシダにとっては日本の歴史の貴重な1ページを学ばさせていただきました。本コラムの存在価値を噛みしめるこれは編集者の正直な胸の内です。(12:00)
 本日のコラム取材源を全て当たって最後にヒットしたのがマニラ・タイムズの写真記事!ヨシダの大好きな美人写真をトップサイトの末尾に追加掲載して、得意満面のヨシダ!だから老けないないのですよ!きょうの取材はこれでピリオッドにして、「11月9日のできごと」 編集に入ります。このところ、同コラムの先取り編集ができていません。編集用インタネット接続状況が米国本部の技術的な問題で不調だったためですが、ひと まず解決したようです。何やら本部が平素使わないIPアドレスを使ったことから生じたトラブルだったとか。(14:10)

 マニラ・タイムズ紙で拾った「美人コンテスト写真」を本サイト最下段に掲載しました。「性転換した女性」のコンテストで最大規模のも。女性より魅力的な男性???。でもフィリピン人は男性も女性も西欧的でイイ感じですョ!(17:25)
  先ほどから傍らのテレビCNNがロシアから追悼式の模様を厳かに放映しています。くぎ付けになるなかで、時おり振り向きながらキーを叩きます。大きな寺院 での追悼式で、犠牲者家族に限定されたような人数構成。大きな寺院の鐘を白黒画面で写しながら、そのコーナーに犠牲者223人の白黒写真が次々の出てくる シーンです。なんとも言えない感動的というか、厳かさにロシアの人々の高い文化性を感じます。指揮者に合わせた低いトーンの賛美歌合唱も印象的です。合掌 (19:00)

2015.11.7.(土)
  本日「11月7日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(16)1931年 - 大阪城天守閣再建、大阪城公園開園」、「(18)1940年 - アメリカ合衆国ワシントン州タコマナローズ橋が強風により落橋。」です。前者の理由は単純!ヨシダが生まれた年です。「再建」ですが、ヨシダの場合は創建(誕生)時代からのオリジナル人間です(笑)★後者の「落橋」は、「初代の橋は設計上の問題により、架橋後間もない1940年11月7日、予想に満たない強風の影響で落橋する事故を招いた。この事故は、技術史の中でも共振が生じた結果の被害現象として、たびたび実例に挙げられているが、風との共振による崩落は誤解であると専門家によって度々指摘されている(ウィキペディア)」とあります。なお、崩壊直前の模様は、「なお、落橋直前は明らかな危険状態であったことから、いち早く両岸で通行規制が敷かれ、崩壊直前には、橋の上の状況観察に徒歩で赴いた技術者研究者らも陸上へ避難していた。従って落橋の瞬間には橋梁上は無人で、人間の死亡者は生じなかった。犠牲となったのは、橋の上に停められた車にとり残されていたアメリカン・コッカー・スパニエル犬1匹のみだった(ウィキペディア)」とあります。可愛そうなワンちゃんの同種写真を添付します★なお、この橋のあるタコマ市にはヨシダが二十歳前時代に新技術習得のために多くの米人同業者と文通したものですが、同市には数人ペンフレンドが居ました。(6日23:50)
                「アメリカン・コッカー・スパニエル犬」の画像検索結果  「アメリカン・コッカー・スパニエル犬」の画像検索結果 「Tacoma Narrows Bridge」の画像検索結果 「Tacoma Narrows Bridge」の画像検索結果      
 ・・・上掲の写 真をみながら、ヨシダ自身のイタズラ心にニンマリします。忙中閑あり、と解釈します。写真は小さくて此処では見えにくいですが、橋がひん曲がっている中で 一台のクルマが小さく見えます。多分、あのクルマの中に置き去りにされたのが、くだんのワンちゃんだっただろうに、と小さなことにも哀悼の気持ちを抱くヨ シダが編集したことです★「哀悼の意」と言えば、テレビに観る世界で起こりつつある悲劇の光景には、他人事でない心の痛みを感じて仕方がありません。若い 頃からの性格ですが、その分、他人の幸福をみるとわがことのように喜べるのがありがたいです。「あ~、ヨカッタ!」と他人事でも嬉しく感じるのが自身の精 神衛生上の利点と考えます。近年到達(?)した自利から他利の 精神はヨシダの若い頃からの人間性かな?・・・とすら感じます★最近、痛感することは、「きょうのできごと」編集の添付写真を欲張って「一画面の編集許容 量(1MB=1000KB)」をオーバーする勢いを反省しつつ、編集方法の方向転換を余儀なくしています。つまり、あまり欲張らずに、二・三件のこれは、 と思うようなできごとに限って複数の写真を選択することです。複数の写真を追ってそのできごとの内容が知れるように・・・という手法です★・・・それにし ても思うことに、ご覧のように「書きまくる」のがヨシダの常。読まれているいないなんて、一向に無頓着!お陰でストレス皆無!イイ塩梅ってところです。 (8:50)
 「No.5832:毎日毎日、文字を追って文章を読み、書く作業に、「飽きはこないのか」と問わた…茨木新聞「いばらき春秋」2015.11.7.芳(リンクは当日限りです。)」、「No.5833:パグウオッシュ「長崎宣言」長崎新聞「水と空」2015.11.7.信)」と、一気に2編を掲載しました。反省するに2編とも「ヨシダブログ」は歯に衣着せぬものと自負します。差し障りのある一面も自覚しながらですが、真実を臆せずブログしたツモリです。(13:35)

2015.11.6.(金)
   本日「11月6日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(18)1975年 - 西サハラ問題: 緑の行進モロッコ市民が西サハラ国境を越えるデモ行進。」で す。民衆パワーの巨大さです。スペイン領サハラの北に境を接するモロッコは、歴史的経緯から同地域がモロッコの一部として不可分な領域であり、スペインの 撤退後も独立させるべきではないと長らく主張していることがその背景・・・・と、世界史の一端を学びます。(00:10)
 「No.5828:「上機嫌療法」をご存じだろうか。どんな時も上機嫌に振る舞うことで、身も心も…福井新聞「越山若水」2015.11.6.)」 を編集しながらしみじみ想ったことは、「これ(この生き方)でヨシ!」のひと言です。「幸福論」は読んだことはありませんが、その実践者を自負します★昨 夜、Hosting.ph社の担当者(Faithさんという女性)からメールが入り、今回のトラブル原因の説明がありました。米国本部cPanel社が読 み込み不能な「ipアドレス」を使ったからの混乱だったとか。もっと早くにその事情説明があれば納得して我慢できたものを・・・と。この辺りの商売上のコ ンセンサスづくりは上手とは言えないフィリピン流だな、とはヨシダのビジネスマン的受けとめ方です★今回のトラブル続きで「cPanel」のことをグーグ ルでみるに、「もっとも安定したシステム」という評価の言葉が目に付きました。・・・とすえば、他製品にシフトするのは考え直すかな・・・と。 (10:35)
 「No.5829“全社的な”英語公用語化が必ずしも正しいとは限らないDIAMOND Online2015.1.6.セダール・ニーリー准教授に聞く(2)佐藤智恵 [作家/コンサルタント] )」を編集しながらのヨシダの感想は皮肉です。賛否両論的な2編の関連記事の狙いは所詮、売らんかな的な意図ですよね。ま、だから、ヨシダの出番もある、って解釈でいきましょう!(11:30)
 「No.5831円高シフト鮮明へ、来秋ドル113円もREUTERSロイター2015.11.6.佐々木融JPモルガン・チェース銀行・市場調査本部長)」でブログしていますが、「円高歓迎」のヨシダの意図はただひとつ!同居するフィリピン人家族がより豊かになることに尽きます!ヨシダの貪欲さでは毛頭ありません!円高、バンザ~イ!のヨシダです。あしからず・・・。」(14:00)

2015.11.5.(木)
  本日「11月5日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(7)1922年 - ハワード・カーターツタンカーメン王墓の封印を解く」です。3000年以上も前のものだけに、小さな写真だけも感動的です。思わず欲張って沢山添付しました★・・・と、またまた接続不良・・・。(00:10)
  先ほどは午後4時過ぎに、今朝から続いていたインタネット接続が回復して大急ぎで編集しました。インタネット断絶がまたあったの!?という声を意識しま す。米国のcPanel本部の問題のようですが、フィリピン代理店の弁によれば改善努力中でご勘弁を、と。いつか、「組む相手の鞍替え」を考えてきたもの ですが、完ぺき主義者のヨシダ(?)もさすがに躊躇し、踏みとどまります★「No.5826:利益よりも「人の幸せ」を目指す経営が最後に勝つ理由DIAMOND Online2015.11.5.ラジェンドラ・シソーディア/米バブソン大学教授)」にヒットして合点!と感じます。(17:05)
 「No.5827:ハーバードの留学生が思わず涙する「楽天の英語公用語化」の授業DIAMOND Online2015.11.セダール・ニーリー准教授に聞く(1) 佐藤智恵 [作家/コンサルタント] )」を編集しながら思うことに、海外に居て痛感する「日本人の英語下手評価」ですが、それだけに、社内英語公用語化に対する批判論が強く、「やっかみ」としか思えませんがどうでしょう・・・?(19:00)

2015.11.4.(水)
  参った!デス。ウェブサイト編集用インタネットが断絶して二日が経ちました。先ほど漸く回復したのですが、時おり不安定さを伴います。一時、悲観的にな りました。ひょっとして今までのデータが消滅してしまうのではないだろうか、という不安でした。一年余前の同じような出来事を機に、コンテンツ全てのコ ピー取りをすることを考えたのですが、平常に復帰したらもう忘れてしまうというお粗末千万な体験があるだけに、今回の出来事を機に、ゼッタイにコピーを用 意することにします。なにせ、単行本にしたら、数十冊相当のボリュームだけに、慎重を期すことを痛感します。「きょうのできごと」もしばらくの間、休止や むなしとします。ちなみに、ワード文書で下書き用意をしていたのですが、編集用ファイルに貼り付けると画面が左右一杯に広がり、その修正ノウハウが分かり ません。断念して通常方式に戻って一からやり直します★XPパソコンの「Outlook Express」も新しいパスワードで回復しました。迷惑メールも含めて100数十件。ところで、EメールはそのOutlook Expressのほかにヤフーとサンダーバードの計3通を保有しているのですが、アウトルックがベストです!使い慣れているからだけなく、内容的にはナン バーワンと評価します。そのアウトルックはXPだけで、いずれは使用できなくなるシロモノです★さあ、今夜は大忙しになるでしょう。インタネット断絶と回 復・・・という出来事はヨシダにとってはドラマ・メイキングとさえ言えるほどの重要な要素を秘めています。前述したように、ワード文書で原稿を絶えず用意 するなどの積極性を自負するのですが、ふと、思うことに、定年後で高齢の人たちは時間を持て余す、という心情があることを知りますが、ヨシダの場合はまっ たく無縁。それどころか、若いもん顔負けほどの仕事量を持っていることに大きな喜びを体感します。(18:10)

2015.11.3.(火)
 ウェブサイト編集ソフトがインタネット断絶トラブルで不能状態になりました。と、このブログは回復(4日午後4時頃)後に記載しました。

2015.11.2.(月)
 本日「11月2日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(15)1947年 - 飛行艇H-4が初飛行」です。ほかでもありません、「きょうのできごと(Events)」の日英語版に見られる微妙なニュアンスの差異があります。この日本語版では主語が「飛行艇H-4」そのものでして、同艇の写真が主人公の全てです★ところが、英語版では(1947 – In California, designer Howard Hughes performs the maiden (and only) flight of the Spruce Goose or H-4 The Hercules; the largest fixed-wing aircraft ever built.) とあり、主語はその初飛行を操縦したパイロットのハーワード・ヒューズ氏でして、「飛行艇H-4」はかつて建造された最大の飛行艇だ、といった文体の違い です★世界的な高峰征服記事でもみられることですが、日本語版は当該山名が主語で、「○○山が初登頂された」式。英語版は征服した人物が主語、すなわち、 「○○が征服した」という文体の差が見られます★このため、編集者のヨシダは当該写真の選択で、しばしば英語版からの情報検索を余儀なくします。 (00:10)
 二日間ほど断絶していてOutlook Expressが新しいパスワード設定で回復しました。「アウトルック・エキスプレス」はXPのみ使用可というシロモノだけに長年親しんだOutlook Expressを捨て難いのです。エッ?まだXP使ってるの!?といった声を意識します。あれだけ前宣伝でXPのオワリを宣言してきたマイクロソフトです が、母国ニッポンでもまだまだ沢山「生存」していると思います。「XPジ・エンド」の声が沸きあがった頃に、此処フィリピン地元のコンピューター技師が 「ネヴァー!使えます!」と。それを信じて現在に至るヨシダですが、大騒ぎした割には現在は平常って感じですね★ところで、お気づきでしょうか?本トップ 最下段の「フィリピン人の自己防衛精神はバツグン!」の添付写真!ユーモラスでさえありますよね。現在のヨシダは微笑ましさを痛感します。フィリピン人の 逞しさにすら結び付けるヨシダです。(9:30)

2015.11.1.(日)
  や~!驚くやら嬉しいやら、ヨシダともあろう者が考えてみればトンマなことをやってきたものんだ、と告白します!ほかでもありません、インタネット接続 で問題が生じた場合は契約会社のサイトからの「問い合わせ」を通じてはなくて、単独の形で同社にメールを入れていたのです。反応が極めて遅いことにかねて より不満を感じていたのですが、今回はあらためて、同社のウェブサイトから「問い合わせ」経由で発信したのです。と、どうでしょう!数十秒で回復したので す!!!!!★同じ担当者・Faithさん名ですが、彼女も通信手段の助言をしてくれるべきだったのに・・・と恨みたい心境です。ともあれ、ホッとしてい るところです。同社(Hosting.ph)に対して抱いていた疑念は吹っ飛んだ気分で大満足しています。月初めのヨシダにとって尊い経験として特記に値します。(9:45)   
 さあ、今日から新しい月の11月がスタート!フレッシュで新しい気分でこの一ヶ月を過ごしま~す!★本日「11月1日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは・・・と、その前にひと言編集者の弁。なんと「できごと件数」の多い月でしょう!日本語版も英語版も90件余!編集しなが ら、正直言って些か参った!って気分でしたが、途中でギヴアップするのはヨシダの不本意の最たるもの。気を取り直してやり遂げました。ストックしたいてお 陰で今回のインタネット断絶を乗り切りました★さて、多くの件数から強いて選ぶとなると、「(38)1945年 - 日比谷公園にて餓死対 策国民大会が開催」でしょうか・・・。同記事の関連写真選択でヒットしたのが東京の国会議事堂前で畑を耕している光景。日比谷公園での「餓死対策国民大 会」といい、そうだったよな、食べるものにも事欠いた時代だったよな・・・と。昭和ひと桁族ならではの貴い体験です。(10:00)
  ただ今、午後6時過ぎ。編集用インタネットが断絶して半日以上。やむなく、XPパソコンのワード文書で「11月3日のできごと」を仮編集中。ふと、片方の パソコンをクリックすると編集用ソフトのインタネット接続が確認!小躍りしながらそのワード文書原稿からcPanel画面に移し替えに入ります★おっと、 その前に京都新聞「凡語」のワード文書を先に移し替えして本日付の本欄に掲載します。日曜日の晩でも大忙しです。イイこっちゃ!とニンマリです。 (18:35)
 一喜一憂って感じはインタネット接続状態の不安定さ。今朝ほど回復して大喜びしたのも束の間。またまた断絶。すでに数時間が経っていますが、Hosting社 の馴染みの担当者フェイスさんからの返事がありません。目下、修復に大わらわってところでしょう★その間隙を使ってワード文書画面に下書きしているのが本 メモです。時間の効率的な利用はお手のもの。本トップ画面末尾の愉快な写真記事もその間に思いついたものです。お楽しみください★時間の有効利用でもう一 つの写真を此処に添付してご覧にいれます。ヨシダが常日頃からヒマさえあれば専念している自己流儀のストレッチング体操のひとコマとまったく同じ写真に ヒットしましたのでご参考に供します。トライしてみませんか?このフォーム!84歳の爺ちゃんヨシダが可能とするスタイルの一つです。(15:00)
                       

  ただ今、午後6時過 ぎ。編集用インタネットが断絶して半日以上。やむなく、XPパソコンのワード文書で「11月3日のできごと」を仮編集中。ふと、片方のパソコンをクリック すると編集用ソフトのインタネット接続が確認!小躍りしながらそのワード文書原稿からcPanel画面に移し替えに入ります★おっと、その前に京都新聞 「凡語」のワード文書を先に移し替えして本日付の本欄に掲載します。日曜日の晩でも大忙しです。イイこっちゃ!とニンマリです。(18:35)

 「No.5822:古典の日に京都新聞「凡語」2015.11.1.)」のヨシダブログは言いたい放題、ブログしたい放題の特権を行使しました。ま、これもヨシダのお愛嬌と受けとめてご寛容のほど。インタネット断絶のストレスゆえと受けとめてくださって結構です。(19:50)
 


                      (2015年10月度