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              フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
  引退後の「わが人生第四毛作」の演出の場を私は当初、マレイシャに内心定めていました。日本の大手商社に勤務していた私の甥が同国の営業所長で永年滞在 して得た体験から助言してくれていたものでした。しかし、大好きな英語が話せる英語圏のフィリピンであることからと、もうひとつの大きな動機は戦時中に激 戦地となったこの国を終の棲家として送ることにそれなりの意義を感じてのこです。  
 常夏の国で英語を第二国語とし、宗教観に根差した博愛心からくる家族愛の強くて深く、しかも明るい国民性の人たちと此処フィリピンで生活することは私に とって願ってもない生活環境と満足して います。とりわけ、大好きな英語を心行くまで活用して生活し、かつ、自作自編集のウェブサイトを通して執筆に専念することができることを事のほか喜んでい ます。

  このトップページに設けている「フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料常設コーナー」がそうした私の存念を示すもので、今後とも執筆活動に存分活かしていく所存ですので、格別のご理解を賜りますよう謹んでお願い申し上げます。

  なお、日比関係に関する極めて興味ある記事を「日刊まにら新聞」さんが「連載」としてウェブサイトに掲載されていますので、PDFで一本化したものを、下記に掲載します。興味ある事実の一つは、その冒頭に書かれている 歴史的事実。「20世紀初頭、フィリピンは日本人の出稼ぎ先だった。5千人が比に渡り、建設・農園労働者としてバギオ市やダバオ市で根を張っていった・・・」とあることです。今でこそ、日本はフィリピン人の出稼ぎ国ですが1世紀前はまったく逆でした。ぜひとも下記をクリックして読んでみませんか?
http://www.a-bombsurvivor.com/PDF/others/maniladailynewspaper.rticle.pdf

 「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る
フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News にこの英語版全文が掲載されています。同紙の常設執筆者になったのですが、第一号発刊後に同紙経営陣の都合で「廃刊」になりました。同紙ウェブサイトはそのままになっているので本サイトにも掲載継続します。

1.フィリピンの紹介者として第一人者と言える
                 
笠井正史さん(ペンネイム・花彩美路のご紹介

  氏は在米5年後、フィリピン10年在住。フィリピンに対する日本人の認識不足を痛感して下記の著作を発表されています。離日直前に東京でお目にかかり、フィリピン情報を語ってくださいました。 
①「誤解されているフィリピン~フィリピンとフィリピンの人たちに対する誤解を解くために~
  (日本図書刊行会刊行)
 (英語寄稿文Japanese Should Learn from Filipinos  Cover   No. 1   No. 2
   同日本語訳.「日本人はフィリピンの人たちから学ぶべきだ吉田祐起翻訳・著者検証

2.ひろしまルソン友好協会 (Freindship Association of Hiroshima and Luzon)  
  広島を離れる数ヶ月前に、地元紙中国新聞で写真入りの本協会活動に関する記事に接し、尾道市で行われたミーティングに出席したのが縁の始まりです。日比親善のボランティア団体です。日本の小学校などから集めた着古した衣料や靴などを集めてフィリピンの山奥(マニラの北400キロの旧激戦地だった地区で、日 本人の有志の方々が植林活動などを展開されている地区)に住んでいるフィリピンの子たちに配っています。

3.フィリピン共和国の民主主義の原点は
                 「BARANGAY
(バランガイ:最小行政単位組織)

  バランガイは奥行き深いフィリピンの歴史と近代的ともいえる末端の行政組織です。バランガイとは「帆船」を意味する言葉です。スペインによる植民化以前 に、 マレーシャ人がフィリピン諸島にやってきて各地に住むようになり、その集団をパランガイと呼ぶようになったことに発します。フィリピン全国で41,935 のバランガイ組織が存在しています。9名の議員(内7名が公選議員)による構成です。関連拙著もあります。題して「
フィリピンが誇る「BARANGAY;バランガイ(フィリピン地方最小行政単位」です。

4.PASCO Philippines Active Seniors Company, Inc.

  フィリピンに関心のある方にとって、「必見の手引き」デス!まずは上掲をクリックしてみてくださいませんか!? ビックリするような膨大な量のフィリピン(人)情報が飛び込んできます!主人公は「志賀和民さん」というご人物。同氏著のダイアモンドオンライン記事を編集したのが縁での出会いです。

5.フィリピンの人たちは物質的には貧しくとも、心は豊かで、明るい国民性をもっています!
  この国に来て真っ先に感じたことは、日本の戦後の貧しさと似たものでした。日本人は貧しさの中にも経済成長を求めてガムシャラでした。でも、高度成長の後に日本人の心を支配し始めたのは挫折感です。先進諸国ではトップの座を占める「自殺率」(「自殺率の国際比較」参照)です。一方、フィリピンの人たちのそれは、2011年度統計国数1
03カ国中、87位でしたが2012年度ではグラフで表示される172カ国にはフィリピンが入っていません。
付属資料で「172カ国でフィリピンは146位」という表現になっています。番外ということでしょうか。これが何を物語るか等を拙著: 「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探るに書き記しています。クリックしてご覧くだされば嬉しいです。比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソードもご覧ください。   

6.フィリピンにはアジア最古・創立400年を誇る「サント・トマス大学」があります
  現存する大学としてはアジア最古、400年の歴史を誇るこの大学はマニラにあります。同大学の写真集歴史をクリックしてみてください。間連拙著として「フィリピン情報№18:アジア最古・創立400年を誇る「サント・トマス大学」の存在をみて想うこと」があります。フィリピン社会が日本より明るく欧米的であることが窺われる歴史的・教育的背景を垣間見ます。


7.フィリピン共和国は西欧的で明るい雰囲気の常夏の国です
  フィリピンは1565年から333年間のスペイン植民地化の後、48年間のアメリカ植民地と、通算、381年間にわたる植民地下にあった国です。築数百年 のカ トリック教会は全国で幾つもみられます。子々孫々がその教会に通ってきたことなどから西欧文化を採り入れてきたことは日本の比ではありません。そうしたこ とからと思うのですが、フィリピンの人たちは実に「西欧的」で、「明るい」国民性をもっていると観ます。「西欧的」といえば、フィリピーナ(
フィリピンの女性)は殊の外、西欧的な容貌とスタイルを持っています。「クラシック・コカコーラ型」と呼ぶスタイルがそれです。

8.フィリピンのマニラ枢機卿・
Antonio Cardinal Tagleさん バチカン枢機卿に
バチカンの枢機卿の主たる役割は「法王を選出」する立場の要職です。フィリピンの大きな誇りです。
     
Quevedo, 18 others installed as cardinals at Vatican 
                               (MANILA BULLETIN  February 22, 2014 ) 
                    
9.ィリピン女性は美人ぞろい!

  下記の写真左はちょっと古く、小さいので美人顔が見えませんが、一様の脚線美はバツグンです。日本から持ち込んだ古いパソコンの「壁紙」にして久しい写 真。右は10月5日から始まった「フィリピン・ダイアモンド・ジュビリー記念行事」における「鼓笛隊」の演出のひとつ(Manila Bulletinより)。来比して間のない頃にその盛大なコンテストをステージ来賓席から見物しましたが、日本ではまず観ることにできない西欧的でかつ、 艶やかさに感じ入ったものです。      
       
Drum and lyre contest