(This site is edited by Encode "Unicode(UTF-8)" & "Japanese" checked)

     ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
   
                         (編集中)
  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。

 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健 康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバ スタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、それでも思い出したようにやりますが、見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。 順を追って説明させてください。

   "Lord's Prayer "(主の祈り)は、高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人 物。二十歳になって洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワン になりました。
                
 

 "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)は ご存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心 を持ちました。これには、深い想い出がります。1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。 下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ記します。同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶 然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始め ましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代っ子は・・・」と、肩をすくめました。
 
昨年の9.11記念式典でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 
                          
 ちなみに、このゲティスバーグ演説に関する書籍があります。在日中に吹田市にクライアントがありましたが、その副社長さん(社長夫人)がこのことを知られて関連著書を贈呈してくだされ、フィリピンに持ち寄った数少ない書籍のひとつです。題して「
リンカーンの3分間」(共同通信社刊・376頁」 (原本名:LINCOLN AT GETTYSBURG THE WORDS THAT REMADE AMERICA by GARRY WILLS 北沢栄訳)
 昨年の9.11記念式典でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。

  "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)は ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前に同米人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長へ の公式訪問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談ですが、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。 
                                   
  
  "Youth "(青春の詩)は 経営者に愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred! と。「ヨシダ流に、百歳にして若く死す」というニュアンス。
         
                                             
商品の詳細                                          
本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。

  "My Way "(マイ・ウエイ)は 8分間の朗誦を終えるに相応しいもの。末尾のセリフ「This is my way(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと批評しようとも、オレは俺の生き方を選択して悔いは全く無い、と確信するからです。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきたものです。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、と。
  日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・
土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さなそれらしき(?)白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付しました。 もう
一枚の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿。
 ヨシダの「君呼ばわり」に対する日本語評論があります。「敬語・へりくだり語・優越語・蔑視語Etc.」の使い分けは日本語の持つ悪癖と断じて憚りません。日本人でもそれが出来にくいから日本人の日本語表現にもブレーキがかかるというのが、ヨシダの皮肉。肝の「君呼ばわり」はに関して言えば、「対等・若干の議長ポストを意識した優越語」。そう言えば、「君呼ばわり」は相手が年齢的に地位的に「目下」の場合が普通です。明らかに相手が上位にある人物に対しては「君呼ばわり」はしません。教養を疑われます。
 ところが、くだんの土井議長さんの場合。「○○さ~ん!」はそうしたヘンな優越感は微塵もなく、対等かつ相手への敬意を表する呼び方でして、この辺りの微妙な日本語のニュアンスを強調します。
土井さんのお人柄・・・と強く評価するのが社会党でもないヨシダの気持ちです。今は天上で朗々とこの「マイウエイ」を歌っておられることと想像しています。